僕の音色

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 ***  僕は富士山を見ている。  急にむなしさがこみ上げてきた。空は薄い灰色のかった水色。  もうすぐ日没だけど、この位置からは夕陽は見えない。冬はずっとそうだ。いちばんきれいな日没を僕は見ることができない。上階だから強い風が吹く。  世界に音色はなくなった。  背骨から寒さに震えた。    悲鳴を上げた彼女の顔。ひきつった醜い顔。山県有紀の顔。  ドアを開け放って、焦った僕はすぐにポケットの中のものを目の前に突き出した。すぐに失敗したのだと悟った。そこにいるのが彼女であることは、左右に視界がぶれながらも、すぐに分かった。  今日は水曜日。全校の部活動が休みの日だった。  熱心な部長たる山県有紀は、僕などのためにも家を訪ねてくるくらいの高い意識を持っていた。  彼女は僕を憎むだろう。彼女に怖い思いをさせたためではなく、あれほどの醜い表情を僕に見せるはめになったことで。  明日登校したら、僕に関する噂話が耳に入るかもしれないし、教師の呼び出しがあるかもしれない。  いやもしかしたら、もう帰宅した春奈さんが警察の訪問を受けているかもしれない。  世界に音色はなくなり、ただ惰性の連続のような日々が来ることを僕は悲しんだ。  それでも、こう思う。  と。 (了)
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