出会い

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今日のお昼のニュースです』  テレビの中の女性キャスターが神妙な声で言っていた。僕はその声で目覚めたのかもしれない。携帯の時間を見る12時になっていた。また今日もテレビを付けっぱなしで寝たらしい。  心臓に手をあてる。心臓の音が微かに手に伝わる。ああ、今日も生きている。僕は天井を見つめ泣きそうになった。どうやらまだ人間として息をしないといけない。  生きていかなければいけないらしいと思いながら心臓のところの手をタバコに伸ばす。タバコを吸いながら飲みかけの酎ハイで朝食後の薬を飲む。生きたくはないのに朝昼晩の薬をちゃんと飲んでる。自殺できる勇気があればとっくにしている、勇気がないから生きているんだ。  『今日は何しよう?』と独り言を言う。  わずかな期待を持って今日も生きよう。  ここは名古屋の南の方の街だ。名古屋人も名古屋と認めたくないと言われるほどの田舎だ。  この街の唯一の施設が寂れたスーパー銭湯、客の殆どが爺さん婆さん。街の人口の殆んどがやっぱり爺さん婆さん。  この田舎で僕は何かに怯えながら生きている。何か、と言えば何もないのだがやはり持病の心臓病か?いや、持病で死ぬ覚悟はとっくに持っている。  体内酸素が少ないので酸素吸入し、しばらくすると体内に酸素が行き届き体が動けるようになる。酸素を吸いながらタバコを吸う、馬鹿みたいだ。  誰にも知られないまま死んでいくのか? と思いながら寂しい気持ちになった。  僕も、もう、三十四歳。僕の持病の三尖弁閉鎖症にしては長生きした方だ。「いい人ほど早く死ぬ」と、誰かが言っていたな。ほんとにそうだと思う。僕みたいな人間ほど長生きするのかな?と自分が生きている事を正当化している。  なんて醜い人間なんだ。  テレビ、タブレット、パソコンをつけながら携帯に目をやる。昼のニュースはもう終わっていた。  タブレットでダウンロードしたホームレス親子の動画を時々見ながら優越感を感じる。パソコンでYouTubeを開き派遣切りされた人の動画を見てまた優越感に浸る。  ああ、なんてゲスな人間なんだろう。  テレビでは昼の情報番組になり芸能人が有名レストランで豪華なランチの紹介をしていた。  「今日のメニューはビーフストロガノフとシェフの気まぐれサラダです」  「気まぐれてっ」  一人で名古屋の隅っこでツッコミを入れる。ツッコミを入れる事でまだ自分の気が正気なんだと確認したかったからツッコミを入れた。  最近人気急上昇の芸人がスタジオで実際そのビーフストロガノフを食べて感想でスタジオの人々を笑かしていた。僕は思った、この芸人は自分の笑いの質が高いのを伝えるのがうまいだけで面白いか面白くないかで言えば大して面白くはない。  僕も高校を中退してバイトしながら吉本のお笑い養成所に通ってそこで三年間芸人をしていた。レギュラーまでいったが結局は持病の心疾患でしんどくなり限界を感じ辞めたが いや、あれは本当に持病のせいで辞めたのか?本当は持病を武器にして逃げたのではないか?僕は苦しくなると持病を武器にして、時には盾にして逃げて来ただけだ。結局は負け犬の遠吠か。 「ライン」  携帯が鳴った。確認したら訪問看護師さんからのラインだった。  「今日の7時に真冬の怪談ノンストップやるよ」  こんな僕にも趣味というか好きな事がある。それはホラー、歴史、小説だった。  時間はまだ午後の一時だった。とりあえず飲みかけの酎ハイを飲み、腹ごしらえにカップラーメンを食べ、今、僕がハマってる携帯のチャットアプリをしていた。派遣切りの動画は飽きたから稲川淳二睡眠用8時間に変え7時まで時間を潰す。  実は僕には楽しみがあった。最近チャットアプリで知り合った女性がいた。  その女性は三つ年下で僕が心疾患である事、精神病でもある事、働いてなくて国から援助を受けて生活している全ての事を明かしてまでも僕の話相手になってくれていた。お互い顔写真も交換していて僕が勇気を出して  「もしよかったらラインしませんか?」とメッセージを送って  「いいよ」と言ってくれて今ではラインでやり取りをしていた。  彼女のアプリでの名前は善樹だったが実際の名前は美樹だった。美樹さんは普段、目の見えない人の同行援護をしているらしかった。美樹さん自身も精神の病を持っているのに同行援護をして凄いと思った。  そう、端的に言うと僕は恋をしたのだ。  その日かいつだったかは忘れたが僕はもうこの人しかいない。と腹を括りラインで  「好きです。もしよかったら僕と付き合ってください」と言った。確か返事は  「私でよかったらいいよ」だったと思う。  地獄の淵から光が見えた感覚だった。もしかしたらこんな僕でも人並みの幸せが掴めると思った。  さらに二人は会うことにした。まずは僕が美樹さんの家に行く事になった。  だが、訪問看護の人には反対された。  「酸素無しで兵庫に一週間も無理です」と言われた。が、僕は行く事にした、  『酸素なんか無しでも大丈夫や』と思った。  そして、僕はバスで大阪に行く事にした。正直、酸素無しでバスがある名古屋駅まで行くだけで(はあ、はあ、して)きつかった。  でも僕は美樹さんに会いに行く。だって恋をしちゃったんだもん。  ヘッドホンを耳にやりL'Arc~en~Cielのハイテンションになる曲をガンガンに聴きながら僕はバスの席に座った。バスの中の乗客は僕を含めても十人ぐらいしかいなかった。僕の隣の席は空いていて伸び伸びと座れた。  僕は利尿剤を一日七錠も飲んでいるので約三時間の乗車時間、おしっこ大丈夫かな?と率直に思った。  その後、思った事は、美樹さんの家に着いたらその後どうする?最後までいっちゃうか?!コンドーム持ってきてないよ、美樹さんの家にあるかな?とか童貞が興奮した時に思う典型的なアホの思考だった。  バスの中では美樹さんと訪問看護師とラインのやり取りをしていた。バスに乗り30分ぐらいしてから訪問看護師からのラインで  「今、どの辺?」   「愛知県過ぎました」  その直後、美樹さんから  「ちゃんとバスに乗れましたか?」  「ちゃんと乗れました、あと2時間半ほどで大阪です」  美樹さんの優しさを思うと最後までいっちゃうか!とかコンドームがどうのこうの考えていた自分が恥ずかしくなった。  美樹さんはラインでは優しいが実際どうなんだろう?三十四歳にもなって童貞って事を言ったらどう思うのだろう?一応は美樹さんと付き合ってるんだからドキドキするな。美樹さんの顔写真はあんまりくっきりはわからなかったからどんな顔なんだろう?とか思っていた。  美樹さんからのラインは頻繁にきた。  「大阪駅で551買いますか?」  「はい欲しいです。腹減ってます」  「心臓大丈夫ですか?」  「はい、全然平気です」  僕からもラインを送った。  「今滋賀県に入りました。」  「美樹さんの家って兵庫ですよね?大阪駅からどうゆう風に行くんですか?」  そういうくだらない質問にも答えてくれた。  「もう半分過ぎましたね」  「うちの家までは電車で一本で行けます」  バスはどんどん大阪駅に近づいていく、僕の期待とドキドキは急上昇。  美樹さんにもうすぐ会える、もうすぐ会える。会ったら手を繋ごう。できる事なら抱きしめたい三十四年間彼女居なかったこの思いを全部受け止めて欲しい。  そして、丁度3時間で大阪に着いた。美樹さんはバスの停留所で待っている約束だった。バスから降りる時にはもうL'Arc~en~Cielのハイテンションの曲は終わり花葬という死をイメージして作られた曲になっていた。僕は急に寂しくなった。バスから降りる際、外を見たが誰も居なかった。  あれ?美樹さんは?すぐさまラインで  「着きました。今どこですか?」  「えっ?居るよ。停車所の場所間違えてない?」  実際間違っていた。美樹さんは一つ前の停車所にいた。僕は一気に緊張した。僕は美樹さんに近づき  「あの・・・美樹さんですか?」  「はい、美樹です」  「どうも、澤田一哉です。会えましたね」  「はい、551行きますか?」  「はい、お腹ペコペコです」  2人は大阪駅構内の551に行き豚まんの4つ入りを買い電車に乗った。  手を繋ぎたかったが帰宅ラッシュ時の大阪駅の人並みにのまれ緊張もあってか結局、手は繋げなかった。  満員電車の中で二人の目があった。僕は笑顔で返した。美樹さんはマスクをしていたので表情はよくわからなかったが美樹さんの目は笑っていた様な気がした。  やがて美樹さんが住んでいる街の駅に着き、美樹さんの家まで歩いて行った。  そして、美樹さんの家に着いた。中に入るとテレビがなかった。少し驚いた。  美樹さんはマスクを外した。左顔半分、目の辺りから口にかけて火傷したような赤いアザがあった。  僕は最初、火傷かな?と思っていたが、そのアザは生まれつきの病気だと聞かされた。少し驚いたが部屋にテレビがない事の方が僕は驚いていた。部屋に入るや否や、美樹さんはいきなり  「なんか臭いな・・・」  僕はギクリとした。実は、僕は三日間風呂に入っていなかった。それがバレたのかなと思った。すると美樹さんは  「あ、豚まんか・・・」  と言ったので僕は  「そっちか・・・」  と安心した。僕は女の人の部屋に初めて入ったので、緊張がMAXに達しフローリングの部屋で正座していた。すると美樹さんは  「普通に座りや」  と関西弁の口調でやんわりと笑いながら言ってくれたので、僕はあぐらをかいた。そして2人で551の豚まんを食べた。腹が減っていたのだが1個しか食べなかった。551の豚まんはコンビニに売っている肉まんとは全然違いめっちゃ美味しかった。  『これが天下の台所の大阪の味か!』  と思った。部屋の奥の中央に鳥籠があった。中には一羽のセキセイインコがいた、そのインコはぴーちゃんといって時々、日本語を喋っていた。美樹さんは小声でぴーちゃんに話かけていた。僕は率直に可愛い人だなと思った。  時間は22時を過ぎていた。  フローリングの床にずっと座っている僕に、美樹さんは  「こっちきや」  と関西弁口調で優しく声かけてくれた。そして、シングルの布団にいる美樹さんの隣に入り横になった。  しばらく二人は沈黙していた。すると突然、美樹さんが  「キスしていいですか?」  と言った。僕は  「はい」  と言い、すると美樹さんは僕にキスをした。そのキスは僕の大好物のCoCo壱のロースカツカレーチーズトッピング10辛より甘かった。初めての女の人とのキス、心の中で  『美樹さんて欲求不満かな?キスってこんなのか・・・』  と思いながら僕達は何度もキスをした。その時2人だけの世界になり、その世界で僕達は生きていた。CoCo壱じゃなく豚まんの匂いがするキスだった。
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