言うべきは

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言うべきは

 被害者と加害者の恋なんて成立しないと思っていた。  カチン 乾いた音がする。横になるオレの手の中にある小さな銃から。  撃ち出すべき銃弾を空にして、それでもトリガーを引き続けているからだ。  空になっていることになんてもちろん気づいている。  気づいているのに……奇跡でも起きて撃ち出されるものが現れないかと引き続けている。  ボロボロになった体で。  最早指を動かす程度の力しか残っていない体で。  頼む……もう一撃……もう一撃だけで良いから。  景色が歪んでいる。  オレの視界が濡れているから。  情けなくも涙を流しているから。  いけないな……もう十八になると言うのに。  だけど。  それでも。  撃ちたいんだ。もう一撃撃って、せめてトドメの一撃を撃って……。  力が抜けた。  オレ自身によるバカな考えに力が抜けた。  トドメの一撃を誰の為に撃ちたがっている?  彼女の為だと言うのか?  ――違う。  誰かを理由にしてはいけない。  撃ちたいと思うのはオレの為。オレがただ満足したいだけだ。  銃口を向けていた相手を、恋した彼女を壊して殺して、これで終わりになんてしたくなかった。  彼女はオレを見ている。  うっすらと笑ったまま、微笑んだままオレを見て横たわっている。  なんて……幸せそうで、なんて……不気味なんだ。 「オレは……」  幼い頃に両親を失ったオレは、彼女によって育てられた。  生前両親がそう言う契約を会社と結んでいたから。  自分たちになにかあれば、その時はAIロボットに子供の世話を――  今どき珍しくない契約だ。  どこの誰とも知らない人に預けるより、好みの教育を施したAIロボットに子を任せる。  そちらの方が安心だと思われているし事実そうだった。  親であり、兄姉であり、先生であり。  オレにとって彼女は姉であり、恋する相手だった。  いくら後を任されたAIロボットでも普通は機械に恋しない。  だからこそ成立していたビジネスだ。  けれど、オレにとってはそうではなかった。  バカだと言われた。  笑われた。  気味悪がられた。  周りの反応なんてどうでも良い――とまでは言わない。  オレは孤立したし、虐められたし、何度も泣いた。  ただ家に帰ると彼女がいた。  八つ当たりもしたし、喚いたし、何度もケンカした。  彼女はただのロボットではなく、決められた単語を繰り返すだけのロボットではなく、怒って、泣いて、笑う、最新のOSとAIを積んだAIロボットだったから。  だからオレは誤解したのだ。  彼女には心がある――と。  それを確かめようと夜、彼女がスリープモードでいるうちに彼女の枢機にアクセスした。  見つけられなかった。  心がある証拠も、ない証拠も。  ただ、知ってしまった。  彼女が親を殺したのだと。  オレの親は彼女に一つだけ重要なお願いをしていたのだ。  誰かがオレに暴力を振るった場合、どんな手段でもそれを止めてくれと。  だからオレが父にぶたれた日、彼女はひっそりと行動した。  それを知ったのは十六の頃だった。  オレは彼女にきつく当たり、彼女は――壊れた。  当然だ。教育された通りに行動しただけの彼女。そんな彼女にとってどうしてオレが泣き喚いたのか、理由がわからなかっただろうから。  だから混乱し、壊れてしまった。  そうして全て忘れてしまったのだ。  オレは彼女を会社に返した。  被害者のオレと、加害者の彼女。  全て破綻したから。  これまで成立していた全てが破綻したと思ったから。  オレと彼女は離れた。  離れて、オレは二度と個体としてのAIロボットを雇わなかった。  代わりに、脳にAIチップを埋め込んだ。  必要な時にオレの方から語りかけ、応えをもらうだけのAIチップだ。  怒らず、泣かず、笑わない。  それで充分だった。  オレは、彼女を壊した。  彼女が人間だったなら――殺した。  でも彼女は人間ではない。  だからオレの心に罪悪感などなかった。  もう恋心などなかった。  ない、はずだ。  彼女の体が売りに出されているのを見つけるまでは。  ひどい男に購入されたらどうなるかわからない。  だからオレは、有り金はたいて彼女を買った。  同じ頃からAIチップの様子がおかしくなった。  同じ頃からオレの様子がおかしくなった。  オレの知らない『オレの行動』が見受けられるようになったのだ。  曰く、夜中に一人歩いていた。  曰く、呆然と空を見上げていた。  曰く、銃を購入していた。  知らない。  こんなオレは知らない!  とうとうオレは心の病にでもかかってしまったのか。  オレはAIチップに問うた。命じた。  おかしなオレの様子を映像として観せろと。  けれどもAIチップはオレに逆らうのだ。  あり得ない。  少しでも同調がうまくいかないなら、危険性があるならAIチップの挿入など行われない。  なのに!  怖くなった。  オレの知らないオレがいることが。  オレに逆らうAIチップの存在が。  怖くなった。  いつの間にか動いている、彼女の体が。  どうして移動している?  どうして目を開いている?  もしや伝説よろしく魂でも宿ったか?  少しずつ、何かがずれていって……。  怖い、怖い。  けれどもどこかで、嬉しかった。  もし、彼女に魂が宿ったなら……AIとは違うものが宿ったなら、オレは――  そんなの、夢でしかなかった。  オレはある夜目を覚ました。  動いている彼女を見たくて、いつもとは違う時間に目を覚ました。偶然に。  そんな日を待っていた。  目覚ましをかけたならAIチップに気づかれるから、奇跡的な偶然を待っていた。  そして見た。  彼女がオレに、銃を向けている姿を。  オレが彼女に、銃を向けている姿を。  狙うは頭。  どうして……。  そんな時に、AIチップが呟いた。 「ごめんなさい」  疑問には思っていた。  オレの知らないオレがいる――可能性があるなら、AIチップだ。  オレが乗っ取られているなら、脳に付随するAIチップだ。  お前は誰だ?  なんて聞く必要はなかった。  AIチップは――彼女だったのだ。  あの日、オレが十六の頃壊れた彼女はオレのそばにいる為に体を棄てた。  AIとして機能のほとんどを棄ててでも、オレといたいと……思ってくれて。  オレもそうだ。  彼女の体を買った時点で気づいていた。  オレは彼女に未だ恋しているのだと。  けれども彼女は、それをよしとはしなかった。  だから、だから彼女は、オレの中にいるAIチップである彼女は少しずつオレの体を使って準備を進めていた。  オレの体を完全に乗っ取る準備。  自分の機械の体と再接続する準備。  オレに彼女を撃たせ、未練を殺し完全にひとり立ちさせる為に。  彼女にオレを撃たせ、AIチップを完全に破壊する為に。  被害者と加害者の恋なんて成立しないと思っていた。  けれど成立していた。  きっと成立、していたのだ……。  銃が泣いた。  響いた銃声は二つ、ほぼ同時。  彼女が撃った銃弾はオレの脳を掠めてAIチップを破壊し、  オレが撃った銃弾は彼女の眉間に命中した。  オレは倒れ、彼女も倒れ。  けれど彼女はまだ動いていた。  優しく、微笑むように。  だからオレは、操られたオレは銃を撃つ。  彼女を撃って、撃って、撃って、撃って。  カチン 乾いた音がする。横になるオレの手の中にある小さな銃から。  空になった。  同時に体の支配がオレに戻った。  彼女の体は完全に壊れ、AIチップも壊れたのだ。  もう、彼女はどこにもいない。  カチン 乾いた音がする。横になるオレの手の中にある小さな銃から。  オレが、オレの意志で動かす指。  心は空に。  視界は濡れて。  銃口が向くのはオレの頭。  いや、もういっそどこでもいい。  オレはオレに、トドメを刺したい。  彼女がいない。  もういない。  だから、もう死にたい――  なのに。  彼女の遺志が()きている。  オレに一人で立てと、彼女の想いが活きている。  でも……でも――!  ドカドカと床を蹴る音が聞こえた。  誰かが家に入ってきた。  ああそうか、銃声鳴ったからな……。  その誰かが近づいてくる。  一人、二人、もっと多いか?  ああ、もう、数えることも出来やしない……。  ◇  ゆっくりとオレは瞼を開く。  重い瞼だ。  それでも開いていく瞼の内、目は確かに光を感じて。  白い天井が見えた。  黄色いカーテンが見えた。  頭がぼんやりする。  オレはどうなって……なんて思わない。  ぼんやりする頭でも覚えている。  彼女の微笑み。  壊れているのに、微笑む彼女を。  綺麗だと思った。  不気味だと思った。  それでも……良かったんだ。  オレと彼女の恋は成立なんてするはずではなかった。  けれども。成立していたのだ。  オレは生きている。  彼女は死んだ。  一度吞んだ恋と言う劇薬は吐き出されない。  もうこれからオレがどうなるのかなんてオレにもわからない。  彼女の望み通りひとり立ちできるのか。  あとを追ってしまうのか。  わからないけれど、きっとこれはオレが決めるべき問題。  彼女の世話にはもうなれない。  AIロボットは支えてくれない。  AIチップは応えてくれない。  オレのこれからは、オレが決めるのだ。  せめて言いたかったな……別れの言葉。  それとも言うべきは礼だろうか。  まずはそれを、決めてみよう。  ただ今は、これからを決める前にせめてこの言葉を。 「……好きだったよ……心炉(こころ)
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