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【序  未來国(みくのくに)令見(れいけん)15年水無月7の日のことでございます。天の相に凶兆あり、見るまに日が欠けゆき、暗黒の闇に包まれると、天より巨大な大蛇が現れ火を噴くという、怪異に見舞われたのでございます。  この世の終わりと貴人民草皆々等しくおののき嘆き、帝は三種上宝 (みくさおたから)を頼みに都だけでも守らんとなさいましたが、葵の宮がみまかられると、あら不思議と怪異はおさまったのでございました。  そして物語もここでぱたり途切れてしまったのでございました。  時代が下り、このほど令見時代の文学博士輝夜(かぐや)式部による『双恋(そうれん)記』が発見されたのは嬉しいことでありました。怪異のその後が気になるところだったのでございます。  しかし翻訳してみればそれは、葵の宮を取り巻く宮中恋愛譚、ありていに申せば、閨の密事( みそかごと)をつまびらかに、艶やかに語る物でございました。  ゆえに、たちまち発禁処分となりましてございます。  葵の宮は不老長寿花守(はなもり)一族生まれの美しきお方でありましたが、彼を巡り愛欲と嫉妬に溺れますのはすべて男だったのでございます。  宮中では寵童趣味はございますが、男色は御法度。その昔、子をなさずお家を廃した者もあり、礼和の世においては厳しく取り締まってございます。  とは申しましても、いつの世にも男女の恋愛譚より男同士の契りに胸ときめかせるおなごは多いもの。わたくし朝露は由緒正しき歌語り部は名門家花菱(かりょう)の嫡男でありますが、姉が一の宮付き女房でありますれば、密かに翻訳の役目を仰せつかっておりまする。中でも、父子禁断の恋を描くアヤに期待する声があり、早う本にいたせと急かす姉の声が聞こえてまいります】  (『双恋記』は古い書物であり、葵の宮の用いる言葉は原文ままの場合があります)
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