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3.黒蓮衆
かくして葵は静美人の馬に乗せられることになった。
「これより黒蓮衆20騎とともに、出立いたします」
胸当てをした騎馬黒蓮衆が静の前に集結した。みな揃いの隊服を着用していた。身体に沿って仕立てられた機能的な上下服で、黒のハイネックのプルオーバーに、チュニック風の上衣、黒のしゃれたカーゴパンツのような下衣にブーツを履く。武器が何かわからないが、短刀を腰に差し、弓矢らしきものを背負っている。
誰ひとり無駄口を叩かなかった。何も聞く必要がないほど、わずかな間に統率がとれる隊だということは、精鋭部隊だろうか。葬列に警護が必要な物騒な世界らしい。
葵の視線の先には、褐色の毛並みが艶々な大きな馬が立ちはだかっている。
馬は馬だが、葵の知る馬とはどこか違う。馬は繊細で目もつぶらなものだと思っているが、その子は頭に角が生えている。一角獣? 知る限りそれは伝説上の生物である。
「あのぅ息子さん、これは馬だよね?」
静が怪訝そうに頷く。
「はい、ウマです」
「角があるね」
「はい。ウマには角が一本生えています」
と、静は応えた後、葵の顔を不安そうに見つめた。
「まさか、そのような常識も失われたのですか?」
じょ、常識なのか……。
「……すみません」
「いえ、古のウマには角がなかったと聞いています。霊山では絶滅危惧種の動物を保護するそうですね? 違いがわかるようでしたら、やはり目覚めたばかりで、記憶の混濁があるのでしょう」
「……だったらいいんだけどね」
古の馬には角がない、というのも葵の常識とは違っている。この世界はやはり知っている世界ではないらしい。
静の手を借りて、馬の背に乗って跨いでみた。視線が一気に高くなって、前のめりに倒れそうになる。すぐに静が背後に跨がり、不安定な葵の腰に手を回して安定させた。
「わたしに寄りかかってください。絶対に落としません」
「ん、うん。お願いします」
顔を起こすのも怖い。
これからどこへ向かうのか。大勢の参列者はどうするのか。葵はいろいろ聞きたいことがありすぎて、結局何も聞けずにいた。
「先発隊5騎。前へ」
と、静が先発隊へ顔を向けたときだった。
「姫夜叉!」
と、やけに覇気のある声が呼ばわった。
びっくりしたのは葵である。夜叉は鬼神とも言われるが、姫夜叉? 何かの聞き間違えだろうか。
背後でむっとした声が響いた。
「その名で呼ぶな」
まさかの息子の異名だった!
「いいじゃねえか。いい子チャンぶっても本性は夜叉だ」
陽気な笑い声が響く。先発隊と本隊の間から現れたのは、黒い馬に跨がった大柄な男だった。槍を二本、両手に持っている。手綱は握らず、足の動きで馬を制御しているようだ。
誰だろうと葵が瞬きしていると、
「ま、さか、そこにおわしますのは、葵の宮さまで」
「そうだ」
と、静が応えた。
巨漢は低頭して顔を伏せた。
「ご無礼のほど、申し訳ございませぬ、ひらにご容赦を」
云々、巨体が縮こまる。
これが葵に対する本来の反応らしい。
「彼は葬列の副司を務めました、源中将伊吹です」
と静に耳打ちされ、葵は頷いた。中将のほうが位は上だが、静のほうが偉そうである。
「宮さまの葬列警護です。中将が先導するのは当然のこと」
「あのさ、気になってるんだけど、おれ、宮さま?」
「はい」
「え……」
「先々帝の養子となられ、皇位継承権はありませんが、ご身分は宮さまと同じ。詳しい話は後ほどにいたします。黄泉原に長居は無用です。ここは冥界の黄泉とは直接関係はありませんが、古よりあわいの地と知られ、死者の通り道として使われています。湿気た呪力が漂っています」
静は殺風景な原野を眺めて、自分で自分の身体を抱きしめた。低く圧迫してくるような空に潰されそうな心地がした。まだ陽は高いが、原野と空の境に浮かぶ雲が無数の目のように見えて、鳥肌が立った。一カ所だけに雲の渦があるのはおかしい。
「早く、ここを去りたいね」
「飛ばします」
話している間に先発は出発し、彼らを追うようにして源中将が駆けていった。
行き先は都西塔門近くのあわい大社だそうだ。都を出た柩が再び都に入ることはできないため、葵の遺体が安置されていた元の場所へ戻るのである。
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