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「というのは、冗談だ」
天乃は薄く笑い、それから、
「この関係で今は十分だろう」
「この関係ってどの関係だよ」
俺は言い返す。
「わからないか?」
天乃は首を傾げる。
「わからない」
俺は力強く頷く。
それに天乃は「ははっ」と声を出して笑った。
「なにがおかしいんだよ」
俺が若干ムキになって言うと、
「そういうところだよ、地村」
天乃は眼鏡を外し、俺の目をじっと見る。
「恐らく面倒くさいだろう私の相手をしてくれる。私はそれだけで、地村と上手くやっていけるかなと、そう思っているんだよ」
不覚にも、ドキリとしてしまった。
そんな俺を余所に、「眼鏡が曇ってしまった」と、天乃は眼鏡に「はあっ」と息を掛け、紅色の眼鏡拭きでこすり始める。
俺はそんな彼女の所作を目で追う。
「ん? なにか私の顔についているか?」
手を止めて、天乃が再度俺に目をやった。
「いっ、いや、なんでもない」
なぜか目を逸らしてしまった自分が不思議で仕方がなかったが、そうしてしまったことは、きっと意識の外のなにかのせいなのだろう。
「なんでもないなら、人の顔をじっと見るな」
「なんでもなくても、見ることはあるだろう」
「ほう、どんな時か教えてほしいな」
天乃は眼鏡を掛け直し、じいっと俺を見やる。
「ええと――」
俺は答えに臆す。
時間にしては数秒だったと思うが、嫌な間。
俺はごくりと唾を飲み込み、
「それは――」
「おい! そこの1年! 教室閉めるからさっさと出ろ!」
俺の口からまさに言葉が出ようかという瞬間、どこの誰かはわからないが、恐らく先輩と思われる男子生徒から怒声が飛ぶ。
「あっ、はい、すみません」
俺は謝りながら、心の中ではありがとうございますと感謝した。
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