そんなに溺愛されても困ります

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そんなに溺愛されても困ります

「世梛さんと『パートナーシップ宣誓』をさせていただきたいと思っています」 真剣に言って頭を下げている一千翔さんの腿の上には、世央くんが座っている。 真面目な話しをしているのに、ちょっとおかしくなって笑いを堪えた。 この頃には父親も落ち着き、また泣きそうになって笑っている。 「世梛がこんなに幸せそうで、本当に安心しました。最初は驚いて失礼な態度を取ってしまったかもしれません、申し訳ないです」 父親の言葉に一千翔さんがブンブンと手を振って「とんでもないです」と言うとその手を追いかけている世央くんに皆で笑った。 「また是非、ゆっくり来てください」 父親と義母、そして笑顔の世央くんに見送られ実家を後にした。 良かった、本当に良かった、全部一千翔さんのおかげ、感謝してもしきれない。 それに世央くんが可愛過ぎて困った。 帰る頃には僕も抱っこができるようになって、一千翔さんと軽く奪い合いみたいにもなっていて、その様子に両親も笑っていた。 世央くん、可愛い、本当に可愛い、目に入れても痛くないってこういうことかな、って思うくらいに可愛い。 一千翔さんが、弟の二千歩さんを溺愛する気持ちがすごく分かる気がした。 でも、世央くんを思う気持ちと、一千翔さんを想う気持ちは全く別もの、僕に対する一千翔さんの想いだってそうなんだって改めて分かると、胸が熱くなった。 「可愛かったなぁ〜、世央くん、来週も世梛の実家にお邪魔しようか!」 「そんなにしょっちゅう、お義母さんに迷惑ですよ」 運転しながら言う一千翔さんに、僕の気持ちだって否定できなくて、ふふふっと笑って返した。 ✴︎✴︎✴︎ 翌日、役所に『パートナーシップ宣誓』の届け出をして、僕達は互いのパートナーとなる。 一千翔さんといられるなら、どっちでもいいって思ってたけどやっぱり違う、胸が弾んで自然と頬が緩む。 共同住宅の取り壊しが始まり、借りて住んでいた人達、といっても僕が出てからは四人が住むだけで、六部屋は空き部屋になっていた。 その四人は今までの家賃のままで、新しく建て替えるアパートに住めるらしい。それまでは大家さんの家で共同生活をするみたい。大家さんの家は外からしか見たことないけれど、それは立派、四人増えても問題無さそう。 なんていい人なんだって思うし、本当にお金があるんだなって改めて思う。 新しく建て替えてからの部屋も十室だと設計図を見せてくれた。 共同玄関にするのは大家さんのこだわりみたいで、和風にお洒落に変身したアパートの小さな模型を見て、僕だって住みたくなるほどに素敵だった。 「すごいですねっ!あんな素敵なアパート、きっとあっという間に埋まっちゃいますね!」 事務所からマンションへ戻りながら、興奮冷めやらぬ僕が鼻息を荒くして一千翔さんに言うと、満足げに 「はっはっはっ!そうだろう? 」 と笑う、もちろん否定しない。 マンションのエレベーターホールに着くと、二人して声が出た。 「あっ」と僕。 「おっ」と一千翔さん。 先にエレベーターを待っていたのは、あの、ピザの配達で揉めた客。 ノリノリで聴いている音楽は、歌詞まで分かるほどにヘッドホンからかなりの音量が漏れている。 そんなんだから、僕たちには気づかないで音楽に合わせているのか、頭を振っている。ちょっと滑稽で笑いをこらえた。 ツカツカと急ぎ足で彼に向かう一千翔さんを止められるはずもなく、なんなら楽しそうな顔を僕に見せた。 「っんだよっ!…… あっ…… 」 いきなりヘッドホンをずらされた彼が睨みつける顔で見たけれど、一千翔さんだと分かり、途端に勢いが弱くなる。 「うるさいよ、音が漏れてるからね、君は人に迷惑しか掛けないな」 「んだよ…… 」 バツが悪そうに口先を尖らせた彼と目が合う。 「あ…… 」 僕の顔を見て、更にバツの悪そうな顔が少し小気味よい。 「もう、わざと住所言い間違えたりしてタダ飯なんて食べてない? 」 「………… 」 目が泳ぎまくって頭を掻いている彼に「善人を困らせちゃダメだよ」と笑って肩を叩いている。 ポーン、と軽快な音とともにエレベータが到着し、先に待っていた彼を「どうぞ」ばかりに手のひらを泳がせても、彼は乗ろうとしない。 「乗らないの? 」 「…… っと、買い忘れたのあるんで、いい… 」 誰にでも分かるような嘘を吐き、ホールから去って行く彼の背中を二人で見送りながらエレベーターに乗り込んだ。 なんだかすごくスッキリした。 忘れてはいたけれど、たまに思い出して、バッタリ会いはしないだろうかと憂鬱になることはあった。 会ったとしても、もう大丈夫、きっと彼の方から避けるはずだ。 「世梛…… 」 エレベーターの中で一千翔さんが僕の頬を摩る。 二人きりとはいえ、モニターだって付いてるんだから駄目だよ、と思って俯いて少し拒むと、下からジィ〜ッと覗き込んで首を傾げた。 「ほんとに可愛いな、世梛…… ずっと見ていられる」 妖艶な目が僕を刺激するけど、ここでは駄目。 目を逸らすとニコッと笑い、後ろにまわり僕のお腹の前で両手を組んでハグをする。 「今夜は何食べたい? 世梛の食べたいもの作るよ」 「一千翔さんの作るものは何でも美味しいので、何でもいいです」 「全く、そうやってまた可愛いこと言う〜〜」 後ろから僕の頭にキスをしまくって 「はぁ〜〜可愛い〜〜」 うっとりと髪に頬を埋めている一千翔さんの様子が、エレベーター天井の隅の鏡に映っている。 こんなにも愛されて、可愛がられるのが当たり前になってしまった僕。 ハグされてるこの背中の温もりも、コンマ秒の速さで遊ぶキスも、抱き付かれて、たまにおでこがぶつかって痛いその肩甲骨も、目を遣ったとき、一番初めに入ってくる尖った大好きな喉仏も、すぐ傍にあるのが当たり前になってしまった。 失くなってしまうのが怖い。 少しは離れることにも、温もりがないことにも、キスも、おでこの痛みも、大好きな喉仏も、いつもいつも傍にあるものじゃないんだって、僕自身心に留めておきたい、とか思う。 だから、 そんなに溺愛されても困ります って、言ったって、 一千翔さんの溺愛は止まらないだろうし、 そうは言っても、止まってしまったら、 …… きっと僕は、とても切ない。 だから、離れられないのは僕も同じ。 一千翔さんの手をギュッと握りしめ、 ずっと傍にいますと胸に思い、顔をあげてキスを強請った。 ── fin ──
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