2298人が本棚に入れています
本棚に追加
出会い
「えっと、あの…… 代金頂かないと…… 」
「金なんて払わねぇよ!何分待ったと思ってんだよっ!ピザ、もうすっかり冷めてんじゃねぇかよっ!」
電話でオーダーを受けた際に住所を聞き間違えたのか、この人が言い間違えたのか分からないけれど、確かにお届けをする時間から三十分近くオーバーしてしまっていた。
✴︎✴︎✴︎
何度か店に電話を入れて確認をしたけれど、その際に聞いた電話番号も違っていて連絡が取れなくて「もう店に戻っていい」と店長から連絡を貰ってまた直ぐに電話が来る。
「同じマンションの二十二階の部屋だから持って行って」
お客から店に電話が来たのか、正しい住所が聞けた様で僕にそう言う。
「え… でも、ピザ、冷めちゃってますし…… 怒られ、るんじゃ、ないですか? 」
「まぁ、いいから上手くやってよ」
プツッと電話は切れて、(なんだよ… )と思いながらも急がないと、慌ててエレベーターへと向かった。
建物のぐるりと一周が住居になっていて、今いるのは十二階、エレベーターは五基で二基は十五階までしか行かないみたいで、途中でエレベーターの乗り換え、どうしようお客さん怒っちゃうよ、時間は過ぎていくばかり。
早く、早く、早く……
思わずその場で足踏みをしてしまう。
「遅れてすみません、『デイリーピザ』です」
「すみませんじゃねぇよっ!どんだけ待たせてんだよっ!」
酷く態度の悪い、僕と同じ位の歳の男性が勢いよく玄関ドアを開けて怒鳴る。
「す… すみません…… あの… 最初に伺った住所が違った……… 」
「ああん!? てめぇ、俺が言い間違えたとか因縁つけんのかっ!? 」
「あ……いえ、そんなつもりでは……… 」
「まぁ、いいよ、早く寄越せよピザ」
「あ、っと、三千三百円になります…… 」
「はぁ? 金取んの? 」
「えっと、あの…… 代金頂かないと…… 」
「金なんて払わねぇよ!何分待ったと思ってんだよっ!ピザ、もうすっかり冷めてんじゃねぇかよっ!」
もし店の方で住所の聞き間違いであれば、お客さんの言ってる事も分かる気はしたけれど、お金を貰わないと僕が怒られる。
「あ、の…… では、今、店に電話をするので… ちょ、ちょっと待って、頂けますか…… 」
店に電話をして、代金を貰えない事を伝えようと思った。
じゃないと、店に帰ってから面倒な事になる。
「ふざけんなっ!てめぇんとこの不手際だろうがっ!なんで待たされなきゃいけねぇんだよ!」
十二階と二十二階、聞き間違いは大いに考えられるけど、電話番号はまるっきり違っていたようだ。
貴方が正しく伝えてくれていれば…… 怒鳴られながら唇をキュッと噛んで、お釣りを用意したバッグの中を覗いた。
仕方ない、自腹を切ろう… 店に帰ってから怒られたり、嫌味を言われるのも嫌だった。
「いくら?」
え?
「ピザ代、いくら? 」
「え…っと…… 」
スラリと背が高く、カジュアルスーツに身を包んだ、随分と格好の良い男性がいきなりそんな事を訊いてきた。
男の僕が見ても素敵で、惚れ惚れした。
芸能人かな?
このマンションに住んでいるんだろう、そうだとしてもおかしくない。
呆気に取られて何も答えられずにいると、また訊いてきた。
「いくら? 」
「あ、三千三百円です」
この人は何も関係無いのに思わず答えてしまう。
「じゃ、これ」
胸ポケットから財布を取り出し、一万円札を僕に渡すと、怒鳴っていた感じの悪いお客さんに向かって
「あんまりカッコ良くないよ、てか、カッコ悪いよ、そういうの」
そう言って、そのままスッとエレベーターの方へと去って行く。
感じの悪い客と二人、あんぐりと口を開けて彼の背中を見送った。
「ま、まぁ…… 今日のところは、この冷めたピザでいいよ」
僕の手からピザを奪い取ると、すぐにドアを閉めたから、廊下で一人佇んだ。
今の人、誰だろう…… 。
そうだっ!お金っ!お金返さないとっ!
渡された一万円札を握りしめて、僕もエレベーターへと急いで走った。
最初のコメントを投稿しよう!