出会い

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急いでエレベーターに向かって走ったけれど、そこには誰もいない、お金を返す事が出来なかった。 渡された一万円札は別にした、これは貰う訳にはいかないから。 自分で用意をする、お釣り用のバッグから三千三百円を抜いて売上用のバッグへ移す。 暫くはお昼ご飯、抜きだな…… 。 「四宮(しのみや)くん、どうだった? 」 悪びれもせずに店長が訊く。 お客さんには無事にピザを渡して代金も貰えたと、嘘を吐いた。 「良かった良かった」と安心している店長。 もし本当の事を言って、代金が貰えないままだったら、 ─ 何で連絡して来なかったの? ─ とか ─ 本当に融通も機転も利かないよね─ とか ─ マイナス分は店長の僕が出さなきゃいけないんだからね─ とか…… 小一時間はぐじぐじ嫌味や皮肉を言われていたと思う、僕が悪い訳じゃないけど。 そんなのは、うんざりだった。 それなら、お昼ご飯抜きを何日か我慢する方がよっぽどいい。 そんな話しをすると、 「世梛(せな)くん、そんなバイト辞めたら? 」 同じ古い共同住宅に住む西村くんが僕に言う。 「うん、でも時給もいいし、トラブルがなければ働きやすいんだ」 それは本当だった。 トラブルはたまに起こるだけで、普段は平穏に仕事を終えられる。 シフトも一週間毎だから、掛け持ちしているもうひとつの交通誘導のバイト、深夜で週に二日程度だけど、そちらのバイトの都合にも合わせられて僕にはとても都合が良かった。 「なら、いいけどさ」 西村くんが、ふっと笑うと直ぐに真顔になって僕に訊く。 「世梛くん、お風呂どうしてるの?」 僕の住む古い共同住宅には、三人は入れる共同風呂がある。 でも、使用出来る時間が決まっていたし、次の人が待っていたりしたら落ち着いて入れない。 正直、あまりキレイではなくて共同風呂に入るのは気が進まなかった。 交通誘導のバイトの先輩に良い事を教えて貰って、今はここの共同風呂は使っていない。 「あー、僕は銭湯に行ってる」 そう答えた。 「銭湯? 高いじゃん、ここの入ればいいのに」 「う、ん…… まぁ、色々とね…… 」 バイトの先輩に教えて貰ったのは、スポーツジムに通う事。 二十四時間営業で、いつでもシャワーが浴びられる。 会費は月に一万二千円、毎日銭湯に通うより安い、湯船には浸かれないけど、好きな時にシャワーが浴びられるのは魅力だった。 湯船に浸かりたければ、都合の合う時に住んでいる共同住宅の風呂に入れば良いだけ、何の不自由もない。 とは言え、あのお風呂の湯船に浸かりたいと思う事は殆ど無かったけど。 「四宮くん、次ここね」 ピザ配達のバイト。 配達先の住所と領収書がホワイトボードにマグネットで貼られた。 「はい、了解です」 ピザが焼き上がり、箱に注文書と領収書を貼って店を出る。 ピザも確認、 『マルゲリータ』のLサイズが三枚? Lで同じ物を三枚…… 珍しいな、と少し首を傾げる。 配達は自転車。 都内の交通事情では、バイクよりも自転車での配達の方が何かと便宜性があった。 自転車のリアキャリアに、ピザを入れる際に住所を確認する。 『下宝蔵パークタワー 2207号室』 あの、怒鳴ったお客のマンションか…… しかも同じ階じゃないか、顔を合わせたりしないかな、酷く憂鬱になる。 エントランス前で部屋番号を押すと、 「はい」 応答した声は静かで落ち着いている、良かった、変な人じゃなさそうだと安堵した。 「『デイリーピザ』です、音羽(おとわ)様でよろしかったですか? 」 「はい、ご苦労様。どうぞ」 エントランスの扉が開いて中に入る。 フロントで居住用エレベーターに乗るためのカードキーを受け取り、エスカレーターで三階まで上った。 居住用のエレベーターは三階にある。 「ご苦労様」だって、嬉しいな… ちょっと顔が綻んだ。 配達先の部屋は角部屋で、各角部屋だけには門扉もある。 ただでさえ、お金持ちが住んでいるんだろうマンションにこんな玄関ポーチ、大きく溜め息を漏らしながら門前のインターホンを押す。 『デイリーピザ』です、と言う前に門扉のロックが自動で外されて、恐る恐る玄関へと向かう。 いきなり大きな引き戸の玄関扉が横に流れて、現れたのは、あの、一万円札を渡してくれた男性。 「あ゛っっ!」 思わず出たのは、あまりに仰天した声。
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