音羽家へご挨拶に行く

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音羽家へご挨拶に行く

左手の薬指に同じ指輪をはめて、楽しく毎日を過ごす僕達。 まだ『パートナーシップ宣誓』の届けは出していなかったけれど、僕には何も問題じゃない、一千翔さんとこうして一緒にいるだけでこんなに幸せ、これ以上に望むことなんてないから。 「世梛、世梛のご両親に挨拶をしたい」 プロポーズをしてくれた日から随分と時は経ち、季節はもう秋を過ぎて朝晩は少し冷え込んできていた。 それでも部屋の中は一年中同じ室温、お風呂上がりはバスタオル一枚を腰に巻いただけの一千翔さんが、突然にそんなことを言い出した。 「…… え? 」 僕が物心つく前に母親は亡くなっていて、ずっと父親と二人で暮らしていた。 高校三年生の時に父親が再婚し、なんだか居づらくなって一人東京へ出て来てからそれきり会ってない。 たまに電話は来ていたけど、あまり話さないで僕は電話を切っていたし、メールも返信をしたことがない。 「別に…… 挨拶なんて… 大丈夫ですよ」 「そういう訳にはいかない、ちゃんとご挨拶をしないと… でも、嫌か? 出来たら知られたくないか? 男と結婚なんて…… 」 心配そうに僕の浮かない顔を覗き込む一千翔さんに、慌てて首と手を振った。 「ちっ!違います!そんなこと、知られたくないとか、そんなことないですっ!」 一千翔さんを好きな僕、男性同士ということには抵抗なんてない、父親とのことで浮かない顔になっているのを説明した。 「再婚して、父親を取られたような気になったのかも知れないです。ずっと父親と二人だったから、父親を大好きだったから、僕。東京に来てから一度も会ってないんです、それに…… 」 「それに? 」 ずっと黙って、真剣に僕の話しを聞いてくれている一千翔さん。 「どのくらい前かな…… もう、半年以上前にメールが来て、子どもが生まれたって…… 。なんだか僕だけ仲間外れになっちゃった気がして、メールは開けもせずに削除しました…… 。できれば、会いたくない、かな…… 」 ひねくれているみたいな自分が恥ずかしかったけど、正直に気持ちを話すと、一千翔さんが抱き締めて頭をポンポンポンポンと撫でてくれる。 上半身裸の一千翔さん、いや、バスタオルの下だって何も着けていない…… いつまでたっても僕のドキドキは止まらない。 「そっか…… でもだったら尚のこと、ご挨拶に行きたいかな」 一千翔さんにそう言われて、ギュッとおでこを肩に押し付けた。 僕なりの抵抗。 「じゃあ、とりあえず先に音羽の家に行こうっ!」 そんな僕の気持ちを察したのか、抱き締めていた僕の肩を掴み、グイッと体を離すと満面の笑みで言う。 「えっ!一千翔さんの家にっ!? ご両親にっ!? 」 途端に緊張してしまったし、不安にもなった。 二千歩さんにそっくりな僕だもの、ご両親だって驚いてしまうんじゃないかって。 「両親にはね、言ってあるから。世梛は二千歩にそっくりだから驚かないでって。あ、俺がゲイだって親も知ってるから安心して」 にっこにこでいつものように、ポンポンと話しを進める一千翔さんで、すぐに電話をして挨拶に行く日を決めていた。 バスタオルを巻いただけの腰に手をあて、弾んだ声。 僕の不安だけが取り残されたみたいになる。 マンションから車で三十分くらいの場所に、一千翔さんの実家はあった。 閑静な住宅街で、そもそもの品の良さが窺えたし、元々お金持ちだったのかと大きな家を見て思った。 ますます不安は募るし、緊張だって半端じゃない。 車から降り、門に向かう途中で思わず一千翔さんのシャツの裾を掴んだ。 「ん? 」 「一千翔さん…… 駄目です、緊張しちゃって…… 」 情けない顔をして見上げていたと思う。 一千翔さんは「ふふっ」と笑うと、僕の後ろに回ってハグ、左手を掴んで持ち上げる。 後ろにピッタリとくっ付いて、僕の左の手のひらに『人』と三回書いた。 「はい、呑んで」 よく耳にするおまじない。 こんなこと一千翔さんもするんだ、ってちょっとほんわかとした。 「俺が傍にいる」 頭のてっぺんにキスをくれて、それが何より一番の力になった。 「さぁ、行こう」 「はい」 笑顔を見せたけど、まだちょっと硬かったみたい、一千翔さんが僕の頬を両手で思いっ切り挟み込む。 「可愛いっ!世梛っ!」 満面の笑みの一千翔さんがすぐ目の前。 つられて、自然と笑顔がこぼれた僕に、 「ほんとは俺も、ちょっと緊張してる」 顔をくしゃっとして、そんなことを言うから、少し熱くなった胸がドキドキとして、ご両親に会う緊張はどこかへ飛んで行ってくれた。
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