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予想していた通り、一千翔さんのご両親は固まっている。
「にち…… 」
お母さんは口に両手を当て、「二千歩」と声を出しそうになっていた。
お父さんは仁王立ちで動かず。
「こ、こん、にちは…… は、はじめまして、しの、四宮、世梛、と申します…… 」
どもりながらも、深く頭を下げて挨拶をした。
「なっ!そっくりだろう? でも中身は全然違うんだ、すぐに二千歩と違うって分かるよ」
はっはっは、と笑っている一千翔さん、また僕の悪口じゃないかと思って、頭を下げたまま分からないように横目で少し睨んだ。
「本当に、二千歩にそっくりだわ…… 」
「どこから見ても二千歩じゃないか」
思い出させてしまっているようで、なんだか申し訳ない気持ちにもなる。
「コツコツ頑張るところは似てるけど、二千歩みたいにハキハキしてないし行動力もない、全然違うからっ!」
本当に失礼だな、一千翔さん。
「よく来てくださいましたね、どうぞお掛けください」
ダイニングセットの椅子に手を向けて、お母さんが微笑んでくれる。
一千翔さんはお母さん似なんだ、と思った。
「いやぁ、驚いたな」
言葉も出ないようなお父さんは、どこか僕の父親に似ていた。二千歩さんはお父さん似なんだ、って緊張した気持ちをまだ少し抱えたまま思う。
そして椅子に座ると、まじまじと僕を見るから、目の遣り場に困る。
少しは遠慮してくれてもいいのに、とか思ったりして変な汗が出た。
「さぁ、座ろう」
一千翔さんが椅子を引いてくれて、もう一度頭を下げた僕。
ちゃんとご挨拶をした方がいいんだよな、
一千翔さんとお付き合いをさせていただいています、
って? なんか、生意気じゃない?
でも、事実だけど。
「… 失礼します…… あの…… えっと…… 」
それでも頑張って挨拶をしようとすると、お母さんも椅子に掛けて、正面から二人してじっと僕を見る。
その様子は興味のあるものに見入る時の一千翔さんにそっくりで、僕は目が右に左に、下に上にと動き、瞬きが多くなる。
僕に興味あるんだな、それはそうだよね…… 。
「そんなに見たら、世梛に穴が開いちゃうからやめてよ」
笑いながら言う一千翔さんに、首を横に振ったり、縦に頷いたりだけの僕で情けない。
「世梛とね、『パートナーシップ宣誓』をするんだ」
今度はちゃんと頭を下げた、座ったままで失礼だったけど。
お父さんもお母さんも二千歩さんに似ている僕に驚くのは止めて、嬉しそうに微笑んでくれたから、もの凄くほっとして緊張も解ける。
お茶を飲みながら色々話し、時間が経つにつれて、
「そうだな、顔や姿はそっくりだけど二千歩とは全然違うなっ!」
って、一千翔さんと全く同じことを言ったお父さん。
「二千歩はあんな優しい可愛い顔して、的を射たことをズバズバ言っていたものね」
と、お母さん。
本当に僕は二千歩さんの代わりじゃないんだって思えたけど、とても複雑。
「一千翔が恋人を連れてくるなんて初めてでしょ、楽しみにしてたのよ。今までは全然紹介してくれなかったんだもの」
うふふ、と笑うお母さんに、僕も笑顔を返したけれど、ぴくぴくと頬が引き攣る。
そうだよね、今までだって恋人はいたよね、だめだめ、変な反応しちゃ、普通に普通に…… 。
「そうなんですね、嬉しいです!」
紹介をしてもらったことを、大袈裟に喜んでみせた。
うーん、もやもや。でも過去のことだもの気にしちゃ駄目。
「世梛が不安になるようなこと言わないでよ、母さん」
「あらっ!ごめんなさいね!世梛さんっ!」
音羽家、ご両親揃って一千翔さんみたいに我が道を行くような方みたいで、きっと二千歩さんもそうだったのかな、とか思う。
だとしたら、やっぱり全然違う。
僕の顔姿で、一千翔さん?
全く想像ができない。
音羽家へのご挨拶、僕は圧倒されてばかりで終わったけど、とても幸せに思えて心が温かくなった。
「緊張しただろう? 」
帰りの車の中で、運転をしながら僕に訊く。
「…… はい、とっても。でも、お父さんもお母さんもとても優しくて、理解があって、すごいです」
本当にそう思う。
『この親にしてこの子あり』
勿論、良い意味で。
マンションの地下駐車場に車を駐めると、一千翔さんが改まって話しをはじめた。
「プロポーズする前、世梛に『好きです』って言われたあと、気まずい感じになってただろう? 」
「…… ええ、は、い」
そう、とっても苦しかったし悲しかった。
「その前から、世梛の様子がおかしいことに気づいてた」
志井良さんから二千歩さんの話しを聞いて、写真を見てからのことだ。僕は二千歩さんのことが頭から離れなくて、酷くもやもやしていた。
何も返せず、黙ったまま一千翔さんの話しを聞く。
「具合が悪いって早退した日から様子がおかしいのに気づいて、インターホンのモニターの録画を確認したら建史が来てたのが分かった」
「……… 」
「建史のところに行って、問い詰めたら二千歩のことを話したって、しれっとして言いやがってな、あいつ…… 。それこそ最初は二千歩にそっくりな世梛を見てたけど、そのうちに世梛が好きになって…… もちろん、二千歩とは全く関係なく、だぞ」
そんな話しをしてくれて、また涙が滲んできてしまう。
こくん、と頭を下げて頷いた。
「『酷いことしやがるな、一千翔』って建史に言われて…… そうか、二千歩の代わりだと思われているのか、世梛に… って、駄目だ気持ちを伝えようって指輪も作りに行ったのに、世梛に先に言われちゃって、すごい焦ったし俺の一世一代の告白とプロポーズはどうしてくれるんだって、滅茶苦茶に自分本位で恥ずかしいけど、正直戸惑った」
お団子を持って志井良さんの所に行った時には何も言ってなかったなと思い、あまりの男前っぷりに、一千翔さんとの関係に、やっぱり嫉妬もして更に俯いた。
「本当にごめんな」
そんな僕の頭をぽんぽんと撫でる。
それでも、何度も首を横に振って今の幸せを噛み締めた。
「建史のお陰もあるって思うと……… 腹立つな」
最後は面白くなさそうにボソッと言った一千翔さん。
僕は笑いを堪えた。
「今度、志井良さんも一緒に、ご飯を食べに行きましょうよ」
口元を綻ばせて僕が言うと、
「いやだね」
の、たったひと言だけ返してきた。
ふふっと、おかしくて堪らずに笑いだすと、一千翔さんが僕の唇を塞ぐ。
マンションの地下駐車場、誰かに見られちゃうよ…… と思いながらも、一千翔さんの舌に絡ませた。
その時ふっと過ぎったお母さんの言葉、
『今までは全然紹介してくれなかったんだもの』
一千翔さんの恋愛遍歴を思い出して唇を先に離したのは僕。
悄気て俯く僕の胸の内を、見透かしたような一千翔さん。
「愛してるよ、世梛」
優しい笑顔で一千翔さんが言う。
「僕、も…… 愛、して、ます… 」
一千翔さんみたいにスマートに言えなくて、すごくかっこ悪い。
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