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『 家族 』
「世梛が住んでたアパート、大家さんから連絡があって、建て替えしてくれないかって」
朝食を食べている時、いきなり一千翔さんが話し出した。
「え? あの、古い共同住宅を?」
「そう、あの大家のおばあさん、かな〜りお金持ってるみたいだぜ、幾らでも出すから設計してくれないかって、頼まれた」
「受けるんですか? 一千翔さん」
「世梛が暮らしていた所、それに建史のお祖父ちゃんが建てた物だ、世梛と建史と建史の親父さんに訊いてからと思って、返事はまだしてない」
実家から離れて東京で暮らした場所。
色々な思い入れはあるけれど、大家さんの思いや、一千翔さんの仕事に横槍を入れるつもりなんて毛頭ない。
「僕は別に…… 一千翔さんが決めてください 」
「そうか、じゃあ建史に訊いてから返事をするよ」
─ 建史に訊いてから ─
…… 何だか胸がもやもやした。
「何?二人揃って」
だから僕もついて行った。
もうほぼ完成している戸建ての家、僕達のマンションからは(あ、僕達って言っちゃった)すぐそばにある現場に一千翔さんと向かった。
お団子を持って訪ねた時には、まだ柱がいっぱい見えていたし木屑なんかも沢山落ちていたけど、今はシステムキッチンなんかも入っていて、すっかり素敵な家になっている。
すごい、と、思わず家の中を見回してしまった。
「世梛が住んでたアパート、建て替え頼まれてさ」
「ああ、あの、じいさんが建てたってやつ? 」
「そう、お祖父さんが建てたし、建史と親父さんの意向を訊こうと思って」
「仕事なんだから、お前が決めればいいじゃん」
最終調整みたいな感じで、細かいところを手で摩ったり、軽く金槌で叩いたりしながら志井良さんが答えている。
「今日の夜、親父さん家にいるかな? 」
「いつもいるよ、帰ってきたらすぐに風呂入って酒呑み始めるから早く行った方がいいぞ」
「そうか、じゃあ後でお邪魔する」
「ん」
と背中を向けたまま、ひと言だけで左手を上げた志井良さん。
二人の間には入れない空気を感じて、やっぱりもやもやする。
現場はマンションと事務所の近くだから、歩いて訪ねた。
帰り道、二人並んで歩きながらも、ずっと黙ったままの僕の顔を一千翔さんが覗き込む。
「どうした?」
「…… いえ、なんでもないです… 」
ちょっといじけている僕。
「なんでもなくないだろう」
足を止めて一千翔さんが僕の頬を軽く、ポポンと叩いた。
「…… 分かってるんです、一千翔さんと志井良さんは幼馴染で長い付き合いで、僕なんかと比べものにならないくらいに分かりあってるって…… なのに…… 」
「ヤキモチかっ!? 世梛っ!嫉妬してるのかっ!? 」
それはそれは嬉しそうに一千翔さんが僕の両頬をぐりぐりを撫でると、やっぱり抱き締めてくれる。
「はぁ〜〜嬉しいぃ〜、世梛が嫉妬してくれるなんて、んんーもう、可愛いなぁ〜」
顔を僕の頭に擦りつけ、背中を何度も摩る。
「世梛も一緒に建史の家に行こう、な、」
「え? そんな急に二人もお邪魔したら申し訳ないです」
「大丈夫、大丈夫、建史ん家は色んな人が出入りしてるから」
子どもの時から知っているという志井良家にお邪魔することで、また少し僕の知らない一千翔さんを知れるかもと思って、少しワクワクした。
「こんばんは〜」
「一千翔くん、いらっしゃい。建史から聞いてたわよ、お父さん居間にいるから入って……… 」
元気に出迎えてくれた志井良さんのお母さんが、僕を見て固まった。
「え?…… 二千歩…… く、ん…… ? 」
「あ、違います、似てるでしょう? 俺のパートナーです」
「あ、ああ…… そう、そうなのね…… 」
すごく困惑しているお母さんが、顔を引き攣らせて僕達を家の中へ入るようにと促してくれる。
少し、気まずかった。
「おう!イチ!お疲れさんっ!悪いな、もうやらせてもらってるよ」
ビールの入ったグラスを持ち上げて、志井良さんのお父さんがご機嫌に言う。
「お疲れ様です、こちらこそ急にお邪魔してすみません」
「いつも仕事もらってありがとうな、イチには足向けて寝らんねぇよ…… って…… あれ? 俺、もう酔っ払っちまったか? …… 横にいるの、ニ、か? 」
志井良さんのお父さんは、一千翔さんを「イチ」、二千歩さんを「ニ」と呼んでいるようだった。
またも、気まずくなってしまった僕は、少し俯いてしまう。
「世梛だよ、世梛っ!ほら、一千翔、結婚するって言っただろ、パートナーの世梛っ!」
お風呂から上がったみたいな志井良さんが、髪をタオルで拭きながら居間に入ってきた。
「そっくりでしょう? 二千歩に、でも中身は全然違うんですよ」
嬉しそうに一千翔さんがそう言ったけど、また僕の悪口が始まると思って、少し唇を尖らせた。
「二千歩みたいに小生意気じゃない、可愛いんですよ、どこにでも連れて歩きたい」
そう言うと僕の肩を抱いて軽く揺すった。
二千歩さんと比べて、そんなことを言ってくれたのは初めてだったから、驚いた顔で一千翔さんを見てしまう。
「全く、見てるこっちが恥ずかしくなる位に、この二人、アツアツなんだぜ」
「まぁ、羨ましいこと」
最初固まって困惑していたお母さんも、今は一緒に笑ってくれている。
「あれ? 一千翔さん!いらっしゃい!」
「ああ、すみれちゃん、お邪魔してるよ」
「えっ!!」
僕を見て驚くという、一連の流れはもう仕方ない。
「本当だっ!お兄ちゃんが言ってた通りってか、思ってた以上にそっくりだねっ!二千歩くんにっ!」
どうやら、すみれさんは志井良さんの妹さんらしい、そして、僕が二千歩さんに似てることは既に知っていたようで、少しほっとした。
すご〜い、すご〜い、と目を真ん丸くして僕を見る様子は音羽家を思い出させて、少し笑いが漏れそうになる。
「おっ!そうだ、結婚するならご祝儀だな、おい用意してやって」
お父さんがお母さんに、顔をクイっとして話すと「そうですね」と笑顔で立ち上がったお母さん。
「いえいえ、そんな、とんでもないです」
「なぁに、建史の時には音羽の家からちゃんとご祝儀貰って回収するから大丈夫だっ!」
家族ぐるみのお付き合いなんだと分かって、すごく羨ましく思った。
「じゃあ、一生回収できないですよ」
一千翔さんが、真面目な顔してそんなことを言うものだから志井良さんがまたお怒りだす。
「俺がモテるの知ってるだろう!」
「すぐフラれてんじゃん」
「…… 世梛、一千翔の頭、引っ叩け」
そんなこと、できるわけないけど楽しくて愉快で、皆んなで笑った。
家族っていいな…… 父親と二人きりの生活、淋しくはなかったけど色々と思い出して、少しだけ感傷的になったりした。
「世梛」
一千翔さんの呼びかけに、ふっと顔をあげた。
そうだ、僕は一千翔さんと家族だ、これから二人で歩いて行くんだ。
気を取り直してニッコリと笑顔を見せた。
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