そして四宮家へ

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そして四宮家へ

電話では反応がすぐに分かってしまいそうで、父親には会って欲しい人が男性だと言えなかった。 それでも、いきなり一千翔さんに会っての反応も怖かった。 どうしていいのか分からなくて、思い切って一千翔さんに相談した。 「一千翔、さん…… 」 「ん?」 ソファーで本を読んでいる、仕事じゃない、いいかな… タイミングを窺った。 本から目を離して僕に笑みをくれる。 「おいで」 隣りに座るようにと、ソファーをぽんぽんと軽く叩いた。 でも僕は座らないでその場に立ったまま、勇気を振り絞る。 「僕、どうしても父親に…… 一千翔さんが男性だって言えなくて…… 本当にごめんなさい…… 」 俯いて拳をギュッと握った。 一千翔さんはがっかりするだろう、そう思うと申し訳なさでいっぱいになる。 「そりゃそうだよ」 あっけらかんと言われ、驚いて顔を上げ一千翔さんを見た。 「俺と世梛の毎日はもう当たり前だけど、たいていの人達には、俺達のことは当たり前じゃないもん」 「あの…… 」 「お父さん、腰抜かしちゃうかな? 心配? 」 「あ、いえ…… 」 僕が心配しているのは、父親の反応を見る一千翔さんの胸の中。 「一千翔さんを傷つけてしまわないかって…… それが…… 」 それが怖いって、そこまでは言えなくて口籠る。 「今更、そんなことで傷つかないよ。世梛がお父さんを心配してるなら、それは別だけど」 ぶんぶんと首を横に振った、涙が滲んでくる。 一千翔さんは、自分の恋愛対象が男性ということでどれだけ苦しんで傷ついて、強く生きてきたんだろうって、それが分かって涙が込み上げる。 「お父さんを悲しませたくない? 」 更に大きく首を横に振った。 もし、もしも父親が悲しく思ったとしても、僕は一千翔さんが好きだ、一千翔さんだけは絶対に失いたくない。 それに、僕はこんなに幸せだもの。 幸せな僕を見て、お父さんが悲しむだろうかと、いや、絶対に悲しまないって、そう思えた。 ぽろっと涙がこぼれてしまって、唇を噛んでいると一千翔さんが立ち上がって抱きしめる。 僕は一千翔さんの腰に手を回して、やっぱり泣きじゃくりながらも、こんなに素敵な一千翔さんと出逢えた奇跡に感謝をした。 ✴︎✴︎✴︎ 音羽家に初めて行った時みたいに、緊張しているのは僕で、一千翔さんは平然としている。 キチっとスーツを着こなす一千翔さん、惚れ惚れする姿も今は緊張の方が勝ってしまって堪能できないのが悔しい。 すごい田舎じゃないけど勿論、東京とは全然違う。 中途半端な町の、僕の実家に辿り着いたのはマンションを出て車で高速道にのり、一時間程走らせた所。 高校卒業以来、かれこれ四年近く会っていない、いろんな感情が入り混じって倒れそうだ。 義母と暮らしたのは一年足らず、折り合いが悪かったわけではない、でも互いに気を遣って心は開けないまま僕は家を出た。 後ろから一千翔さんが僕を抱きしめてくれて、左手を取り、また『人』という字を三回手のひらに書いてくれる。 「はい、呑んで」 もう、その言葉だけで僕は不安が無くなった。 だって、音羽家にご挨拶に行った時、そうしてもらって、なんでもなかったもの。 笑顔で手のひらを口に当て、ごっくんと呑み込む、結局、父親には一千翔さんが男性だとは伝えていない。 「お父さんに認めてもらえなくても、明日の午前中は仕事を休みにして『パートナーシップ宣誓』の届けを出しに行こう。ようやく行ける、嬉しいよ」 父親に知らせずに届けを出すことに、どうしても抵抗があったみたいな一千翔さんを知る。 僕は届けを出すことにこだわっていなかったけれど、『明日出す』と言われて、その現実に嬉しい、こんなに嬉しい。 父親の反応が変な感じだったらすぐに帰ろう、そう思ったらもの凄く気持ちが楽になった。 ピンポンとチャイムを鳴らすと、首を長くして待っていたような父親が飛び出してくる。 「世梛っ!!」 「あ、お、父さん…… 」 久し振りに見た父親の顔、特段変わっていなくて、どこかほっとした。 「え? …… っと… 」 そう言ったあとに、キョロキョロと首を大きく動かす父親。 おそらく、僕の後ろに立っている一千翔さんの、更にその後ろにいるだろう誰かを探しているのだと思った。 「お父さん、久し振り。紹介するね、僕のパートナーの音羽一千翔さん」 後ろにいる一千翔さんに体と手を向けて、僕は堂々と紹介した。 「はじめまして、音羽一千翔と申します。世梛さんと、お付き合いさせていただいています」 頭を下げている様子が背中で分かった。 呆気に取られて何も言えないような父親を、ただ見つめた。 どの位だろう、沈黙が流れて父親と僕と一千翔さん、三人が微動だにしなかった。 「… 世梛? 」 父親の呼びかけに、ぴくっと僕の頬が動いた。 そうは言っても、やっぱり、何でもなくはない。 「お、驚いた? ぼ、僕の恋人の一千翔さんなんだ」 引き攣ってしまった顔が情けなかった。 堂々としていればいいものを…… 。 「あの…… どういうこと、かな? 」 あれだけ強い気持ちを持って臨んだのに、 酷く困惑している父親を目の前に、じわじわと涙が滲んできてしまって、一千翔さんにどんな顔をしていいのか分からなくなってしまった僕。 帰るにも帰れない。 だって、一千翔さんが玄関の扉を塞いでいるんだもの。
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