後編

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後編

憂と初めて会ったのは、彼が10歳で俺が35の時だった。 彼は母親似できれいな顔立ちをしていたし、年齢よりも大人びていた。 彼とは音楽や映画、好きな本の趣味が合ってまるで年の差を感じなかった。 だから話してても飽きなかった。 25の時に渡したレコードは彼にどうしても聞いて欲しくて渡した。 今思うとあれはラブレターのようなものだったのかもしれない。 薄々気付いていた気持ちに蓋をして、俺は彼との間にわざとらしく壁を作った。 近づきすぎてはいけない。 そう思ってた。 彼が仕掛けてこなければ多分一生。 あの夜、彼を家に連れ込んでドアを閉めた瞬間にずっと抑え込んでいたものが弾けた。 パチンと破裂音が聞こえた気がした。 無我夢中で彼を抱いていた。 離れていたことがむしろ不自然だったんだと思い知らされた。 俺たちはまるで最初から一つのものだったようにぴったりとくっついた。 憂の寝顔を見ながら俺は心底ホッとした。 一人じゃなくなったと思った。 憂は驚くほど行動的だった。 家族に話してきたと事後報告を受け動揺する俺に言った。 「大丈夫だよ。親父が何か言ってきたら俺が湊介を守るから。」 心強いけど、年上の俺の威厳はどこへ。 しかし兄貴はなにも言ってこなかった。 もう諦めたのか、祝い酒を送ってきた。 憂の母親は俺に電話してきて 「憂のこと、よろしくお願いします。」 と言ってきた。 お願いされてしまった。 俺が心配していたことは全て憂に解決されてしまった。 「お前ってすごいな。」 「知らなかったの?」 「知らなかった。」 「まだまだ知らないことたくさんあると思うよ。楽しみだね。」 知らないこと。 確かにまだ憂に言ってない秘密があった。 「ジャズバー予約してくれたんだ。」 「あの日行けなかったからな。」 そうして連れていったバーで俺はしれっと秘密を明かすことにした。 「憂にひとつだけ言ってなかったことがある。」 「なに?」 俺は席を立ち、ピアノの前に座った。 ベースとドラムは実は俺のバンド仲間だ。 とはいえ、久しぶりでしかも憂が見てるのもあって緊張した。 が、どうしても聞かせたかった。 曲が終わると憂は俺の元にきて抱きついた。 「こんなカッコいいことすんじゃねぇよ。モテちゃうだろ。」 と言った。 思わず笑ってしまった。 「25も年が離れてるんだからこれぐらいできないとカッコつかないだろ。」 「俺の叔父さんはずっとカッコよかったよ。」 でも正直、俺はずっと不安になると思う。 いつか彼と同じ年の魅力的な人が現れて簡単に連れ去ってしまうんじゃないかと。 そうなった時、俺はきっともう追いかけられない。 「湊介、あのバーで綺麗な人に声かけられてもついていっちゃダメだからね。」 「え?」 「俺はきっと敵わないから。」 「何言ってんの?」 「俺はまだ何も持ってないんだよ。自信になるようなもの。だからもし湊介が連れ去られても追いかけられない。」 同じようなこと考えてたんだな。 ほんとにどこまで、、。 「大丈夫だよ。お前が思ってる以上に俺は盲目だから。」 「なに?老眼はいってるの?」 「違うよ、馬鹿だな。俺は憂しか見えてないってことだよ。」 「どうだかなぁ。まぁ、そういうことにしといてあげよう。」 さっき降った雨で地面はキラキラと揺れている。 この歳になってまだ俺は25も年下の恋人に揺らされている。 でもそれもそれで悪くない。 むしろ幸せだと思う。 彼が俺の歳になったとき、まだ俺のことを見てくれてるだろうか? もしそうじゃなかったとしてもきっと俺は幸せなんだろうな。 馬鹿みたいに。
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