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耳をつんざく電子音に、私は思わず飛び起きた。
朝だった。昨日ベッドでスマホを弄っていて寝落ちしたらしい。
耳のすぐ横に落ちたスマホが、橙子からの着信を知らせていた。
私は寝転がったまま、重い腕を伸ばして通話ボタンを押した。
「もしもし、橙子? どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、今日サボり? 珍しいね。今日アプリの感想聞かせてって言ってたのに」
「えっ」
スマホのモニターを見ると、空想さんをダウンロードしてからまだ一晩しか経っていない。
「夢だったってこと……?」
「おーい、茉莉、なんか変だよ。まだ寝ぼけてる? いや、変なのはいつもか」
橙子は電話の向こうでからかうように笑った。
「あ、ごめんまだちょっとぼんやりしてる。橙子の電話の音で起きたから」
「茉莉が寝坊なんて滅多にないから体調でも悪いのかと思った。でもさ、電話もかけてみるもんだねー。夢から出られなくなったら助ける約束、マジで果たしたんじゃない?」
そうだ。そういえば、昨日橙子とそんな会話をしたのだった。私は、本当に夢の中に閉じ込められていたのだろうか?
悪夢の中に出てきた、私を殺そうとする橙子の恐ろしい姿の数々を思い出す。
本当に、夢で良かった。思わず泣き出しそうになった。
「橙子、本当に、ありがとう……」
「あはは、何大袈裟なこと言ってんの。ホント茉莉ってさあ、」
電話の向こうの橙子の声が、ぐにゃりと歪んだ。
「いちいちムカつくよね」
「……っ!」
悪意を含んだ言葉が電流のように耳に飛び込んで、咄嗟に通話を切ってしまった。ホーム画面にぽかんと浮いたアプリ「空想さん」のアイコンが目に入る。
――最新のAIが、あなたの深層心理を具現化します。
アプリを開くと、昨日の夜、適当に書いた空想が記録されていた。
『親友に彼氏ができる』
効果、あった……ってこと、だよね?
でもどうしてこの一文であんな悪夢になったんだろう。
ヘルプページを開いてみた。
Q:入力した内容と夢が違う。
A:空想さんは、入力された文章からその深層心理を読み取って夢にします。夢に登場するのは、入力した内容ではなくあなたが心の奥で感じている物事なので、必ずしも入力内容と一致しません。
私の、心の奥……。
橙子のことをずっと友達だと思ってたけど……よく考えたら、橙子は私の事を見下していた?
私は、それに気づかないふりをしていただけ?
そう思い至った瞬間、私の頭の中にあった、これまでの彼女の言動の数々が異なる表情を見せる。
ピコン、という音とともに、水色アイコンに通知マークが付いた。
『空想を書いて、夢を生成してみてね☆』
夢の中なら、少しくらいやり返したって、許されるかな?
深層心理? 上等だ。
私は昨日の書き込みを消去して、新しいページにおそるおそる文字を打ち込んでいく。
『親友を殺す』
だって、もうこの感情に気づいてしまったのだから。
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