エピソード 5

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俺が、資産差し押さえのためチェーン鍵で閉鎖された店の前にある木製のベンチに腰掛けて休んでいた。 そこへ二十歳前の女性が現れた。 彼女はしきりに店の中をのぞいていた。 「店、開いてないっすよ」 俺が、まるで通りすがり者のように声を掛けると、彼女は「もっと早く来たら良かったな」と独りごちた。 いつかここで食べようと思っていたものがあったのだろうか。 後悔先立たずというが、それを知って臆病になってしまう大人たちがいる。 半面、後悔しないと学べないことがたくさんある。 また悲しみと同じく、悔恨ともいうべき感情を心に植えつけることは、人生を味わい深く生きるには、欠かせないスパイスのようなものだ。 下手に運に恵まれ順調なままでいると、あのムラカミのように浅はかで他人に対する同情心もなく、自分を満たすことだけで頭がいっぱいになり、ただひたすらに老いていく傲慢なだけの人間となってしまうだろう。 さまざまな後悔に学ぶ彼女のこれからの長い人生を思うと、俺の中の何かが吹っ切れた。 そして、自然と頬が緩んだ。 “君に幸あれ“ 去りゆく彼女の背中を見て純粋にそう願う。 俺は、吸い始めたばかりのタバコに目をやり、地面に落として踏みにじると顔を上げた。 “陽はまだ高いぜ“ 俺もまた立ち上がると歩き出した。 (了)
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