第1話「壁にキスとは変わってますね」

1/7
前へ
/115ページ
次へ

第1話「壁にキスとは変わってますね」

「四ツ井家の家訓【堅忍不抜(けんにんふばつ)】」 ドドンと告げるは四ツ井家の当主・宗芭(そうは)。 長い黒髪を一つにくくり、顎(あご)にひげを生やした濃い顔をしている。 眉間に刻まれたシワが当主としての苦労を物語っている。 「がまん強く志を変えない。そうして我らは主に長らく仕えてきた」 話を鎮座して聞くは16歳の少女・葉緩(はゆる)とその弟の絢葉(あやは)。 絢葉はまだ幼く、数えて9つの歳だ。 きりっとした目をして笑みを浮かべたまま、しっかりと宗芭に向き合っている。 だが葉緩は違った。 ニコニコと緩い口角を必死で引き締め、父の話を聞いている。 くりくりとした丸っこい目は藤の色。 艶々の長い髪をおろし、片側だけちょこんと結んでいる。 家族構成はいたって普通。 だがこの四ツ井家、普通の家庭ではなかった。 「良いか? 忍びの末裔として主をお守りし、忠誠を尽くせ。そして大切なのは……わかっているな? 葉緩よ」 「はいっ! その一、主となる方に忍びの存在を知られてはならない! その二、主様の子孫繁栄のために全力を尽くすことであります!」 「……ヨダレが垂れているぞ」 四ツ井家、それは小さな島国にひっそりと存続する忍びの家系だった。 葉緩はその家系でくノ一として育った風変わりな女の子であった。 「はっ!? 申し訳ございません、父上!」 慌ててよだれを拭い、口角を指で引き下げる。 誤魔化しきれないニヤニヤした顔を宗芭の厳しい目が射抜く。 ダラダラと背中に汗を流しながら緊張にはりつめていると、スルスルと一匹の白い蛇が葉緩の横に滑り込んでくる。 それを見て葉緩は口を大きく開き、シュッと立ち上がる。 「それでは学校の時間になりましたのでいざ!!」 もくもくと白い煙幕が葉緩を包んだかのように見えたが、一瞬にして晴れる。 くノ一の装束をまとっていた姿が一転、ピンクのリボンが愛らしいブレザー制服に変わっていた。 「本日もまっとうにお役目をしてまいります!」 明るいはきはきした口調で言い放ち、風のようにその場を飛び出していく。 残された宗芭はため息をつき、頭を抱えていた。 「心配だ。アイツは能天気というかなんというか……忍らしくない性格をしている」 「……」 「……お前はもう少し喋ってもいいんだぞ? 絢葉」 「影の役に徹するのもまた忍かと」 葉緩と違い、どこかひねくれた絢葉の姿に宗芭はますます息を深くつく。 悩みの種は尽きなかった。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加