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私は、これ以上目立ちたくないがために、ここを早く切り抜けようと、先生に近づいて、周りに聞こえないようにささやきました。
「あの……石原先生。
この髪を切ったのには、広く言えない事情がございまして。
我が家の重大な秘密のもとに、髪を切らざるを得なかったのです。
決して、不良の真似事として断髪にしたのではないのです」
石原先生は、細い眉を上げてゴクリと唾を飲みこみ、私のヒソヒソ声につられたのか、小さな声でお尋ねになりました。
「重大な秘密……? それは何なのです?」
私は、周りにどんどん集まってくる人を見まわします。
「ここでは、ちょっと憚られます(※ためらう、人前で言いにくい)」
顔を寄せて、石原先生の目をまっすぐに見ると、先生は少し息をのんで身を引かれました。
そして、私から視線を外すと、集まっている皆様に向かってまた声を張り上げます。
「まぁ~! 何を見ているのです!
はしたない!
女子たるもの、野次馬(※全く関係のない見物人)など、してはなりません!
さぁ、みなさん早く教室へお入りなさい」
蜘蛛の子を散らすように、皆様が去っていくのを見届けた先生は、威厳を保ちながら、私を見られました。
「どんな事情にせよ、ただでさえ目立つあなたの容姿で、そんな断髪にしてしまっては、周りは奇異の目でみたり、悪い輩が寄ってこないとも限りません。
一井さん、あなたのようなまじめで成績も優秀な方に程、甘言に弄される(※甘い言葉でだまされる)ことがあるのですから、気をつけなさい」
むしろ、注目をより集めてしまったのは、先生の甲高い大声のせいだったような気もするのですが、私をご心配なさっていることはわかりました。
「はい、先生ありがとう存じます」
そう言って私も先生の前から失礼しようと思ったのですが、さすが国語の先生です。
「それでは、一井さん、反省文を明日までに書いていらっしゃい」
石原先生は、さも当然というように言い残して、教員室へとお戻りになりました。
えぇ~、今日は帰ったらマントを繕わなければならないのに~。
先生のおっしゃることは『絶対』なので、私は夜遅くまでかかって、反省文を書きあげました。
こんなことなら、髪なんか切らなきゃよかったと後悔しながら。
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