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お礼のショートブレッド
「ナデシコ、短い髪の毛も本当によく似あってるね」
夕食のシチウ(※シチュー)を口に運びながら、お母様が私のことをニコニコしながら見ていました。
結局、髪まで切って、日本を離れて一人で頑張ろうと決意したのに、ムダになってしまっただけでしたけどね。
その上、昨日の夜は苦労して、反省文まで書いて。
私は、お母様の言葉には返さず、大きく切った人参を口に入れました。
「ジュウジロウもかわいいと言ってくれるといいね!」
ゴホッゴホッ。
私は思わずむせてしまいました。
もう! 人参が出ちゃうじゃないの!
「な、なんで、青木様が出てくるのです!?」
「だって、ナデシコ、ジュウジロウのことをずっと気にしていたでしょう?
おかあサマには、わかります」
得意げな表情で、私を見ているお母様。
さすが、恋の力で海まで越えてきた人の頭の中は、違います。
すぐに恋愛のことに結び付けるんだから!
「この間初めてお会いしたのですよ! そんな、好きとか嫌いとかじゃありません!」
「アラ、おかあサマはナデシコが、ジュウジロウのことをスキとかいってないけれど?」
お母様は、すました笑顔で楽しそうに言います。
ぐぬぬ~、そういえばそうかも。
でも、青木様に対して『気がある』みたいな口ぶりで、お母様が話されるから! 勘違いしたの!
私は、ごまかすようにして、シチウの野菜を匙ですくって猛烈に食べました。
そうよ、別に、好きとか嫌いとかじゃなくて!
マントをお借りしたりしたから!
抱き上げられたり、あのきれいなお顔を近づけられたり、真剣なまなざしで『バケモノじゃない』なんて言われたから。
そもそも、私は誰にも恋とか、そういうことはしないんですからね!!
私は食べながら、胸の内は、自分で自分に言い訳をしていました。
なぜだかとても嬉しそうにしているお母様が、ニコニコして、
「マント、返しに行くときに、何かプレゼントしなきゃね!」
「……プレゼントですか?」
そうね、お世話になったし、なにか……。
え、男性に贈りものなんて、一体何がいいのかしら?
皆目見当がつかない……。
私が少し考えていますと、同じく首を傾けて考えてくれていたお母様が、
「いつ返しに行く?」
「早くお返しした方がいいかと思いますから、明日には行こうと思います」
「Hmm……お菓子はどう?
Shortbread(※イギリスの伝統的なお菓子。バター風味のサクサクした食感でクッキーやビスケットよりはボロッと崩れるような感じの甘いお菓子)とか」
……そうね、ショートブレッドなら、簡単だし今から作れるわ。
夕食を終えて、お母様と一緒にショートブレッドを作りました。
メリケン粉(※小麦粉)、バタ(※バター)、砂糖を混ぜて、少しの間生地を寝かせたあと、のばして焼くだけです。
生地を寝かせている間に、夕食の片づけをしたり、お風呂に入って、明日の学校の支度などをしていました。
そして、いい頃合いに、寝かせていた生地を伸ばして切れ目を入れ、テンピ(※オーブンのこと)で、焼きます。
「ナデシコ、これに包んで」
お母様がきれいな包み紙を持ってきてくださいました。
きれいな花柄のついた紙です。
「ありがとう、お母様」
出来上がったショートブレッドは、よく冷めてから包むことにして、お母様と一切れずつ味見をすることにしました。
ほんのりと甘く、バターの香りがするショートブレッドは、とても美味しくて、お母様と2人で、にっこりと笑いあいます。
やっぱり、この先もお母様と一緒に暮らせることになって、良かった。
私は短くてすぐ乾くようになった髪の毛を、耳にかけながらそう思いました。
昨日は反省文まで書かされましたが、髪が短いと洗いやすいし、乾きやすくて便利です。
青木様、このお菓子喜んでくださるかしら?
青木様に食べて頂くのを想像して、少し胸がウキウキしていました。
まさか、あんなに辛い気持ちを味わうことになるなんて、この時は少しも思わずに。
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