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初仕事
わしの名前はアルク、職業は恋のキューピットをしている者じゃ。恋のキューピットは非常に過酷で、人間たちの恋愛のサポートをしなければならない、サンタさんと並ぶほど大変な仕事じゃ。
「一度だけ、サンタの変わりをしたときは、疲労で体を持っていかれるかと思ったぞい」
話は戻すのじゃが、わしはこの業界に入ってきたばかりで非常に貧乏じゃ。だから、今日も張り切って稼がないと、明日生きてけるか分からない状況なのじゃ。そして、みんなも気になっているであろう仕事の内容じゃが、それは非常にシンプルで、カップルの成立とその維持することじゃ。
「それでは早速、仕事に掛かっていこうかのう。本日のノルマは連絡先の交換じゃ!」
そう言いながら、上司から渡された書類を見て、今回の仕事は楽勝だなと、にやりといやらしい笑みを浮かべる。そこに書かれていたのは、「男女二人のカップル、お互いに一目惚れをしやすい」。先輩から一目惚れ系は非常にコスパがいいと聞いているため、アルクは初仕事にして成功を収める可能性があることに期待を膨らませていた。
真夏の炎天下の住宅地の歩道を一人全力でかける少年。そんな風に黒髪を靡かせる彼の名前は加地 晴輝、今回アルクが狙っているターゲットの一人。そんな晴輝はこんな夏休み真っ最中の炎天下を走っているのかというと、彼の所属している空手部の朝練に、遅刻しそうになっていたからだ。そんな晴輝は必死に手足を動かしながら、愚痴をこぼす。
「なんで、セットしたはずのアラームが消えちゃってたんだ?大ボスゴリラ先生に殺されちゃうよ……」
そんな想像できる未来に恐怖し、時間のない状況にイライラする彼と対照的にほくそ笑む者がいた、アルクだ。
「くっくっく、目覚ましを止めたのは、君たちからは視認することのできないわし仕業じゃ。まあ、この先運命的な出会いが待っておるから、天使の悪戯だと思って許して欲しいのじゃ」
晴輝の汗が流れる量で暑さがアルクにも伝わってくる。そんなぬいぐるみサイズのアルクは、晴輝の肩当たりの空中を飛びながら追いかける。ここで、急な曲がり角が迫ってくる。晴輝は出来る限り最短距離を通ろうと、塀の近くまでより、パパッと地面を蹴り一気に曲がる。
「カップル成立の瞬間はもう少しじゃ!」
今日のノルマの達成に期待を膨らますアルクは不敵な笑みを浮かべる。そんなアルクの目の前で、曲がり角を正確に曲がったはずの晴輝は何かに押し返され、地面にドンッと尻餅を着く。
「イタタタタ、一体何が起こったんだ?」
驚きのあまり瞼を閉じてしまった晴輝は、現実に目を向ける。すると、地面に撒き散らされた教科書類、なんでかわからいけど食パン、そして地面に手を着き尻餅を着く天使がいた。この状況を見てアルクはひとりでに舞い上がる。
「恋愛での定番、曲がり角ごっつんこじゃ!昨日、丸一日掛けてラブコメを読んだだけあったのじゃ」
ニヤニヤの止まらないアルクのネーミングセンスはともかく、作戦は成功したようで、晴輝はすぐに一目惚れをしたのであろう。彼女の方に向ける視線を動けずに強直している。対する女の子の方も顔を赤くしたまま、視線を逸らさずに見つめ合う。その様はまるで鏡のようだった。
「よし、作戦成功じゃ!晴輝の好感度は、恋人に対するものと同じくらい高まっているのじゃ。しかも、対する彼女、雨宮 空の方も中々に高くなっている。今晩は美味しいものを食べられそうじゃ」
未来のことを考えてニヤニヤが止まらないアルク。そんなアルクに対して、すっと立ち上がり、尻餅を着いているであろう相手に手を差し伸べるのは、二人同時だった。
「「大丈夫、一人で立てる?」」
元気よく高らかな透き通る甲高い空の声と男にしてはあまり低くないか弱い晴輝の声が重なり合う。この瞬間、二人の空気はラブコメのような甘々なものから、バトルシーンのバチバチなものへと変わる。二人の立ち上がるタイミングは寸分の狂いもないが、最初に口火を切ったのは、空だった。
「もしかして、あんた私のストーカー?だから、私の好感度を稼ぐためにわざとぶつかって、私にカッコいいところを演出しようとしたのね!」
「いきなり何を言い出すのじゃ?」
ピンク色の髪を大胆に揺らしながら、自分の意見を主張する空。対する晴輝は苦悶の表情へと変わる。
「ごっ、ごめんなさい。確かに、こんな如何にもラブコメチックな状況下では、そのような考えに至っても可笑しくありませんね」
「あれ?これってベタなラブコメを再現した、わしが悪いのか?」
そう晴輝が自分の非を詫びると判ればいいのよ、と言い残して走り去っていく空。本日のノルマである連絡先は交換ができないまま、二人は別れていく。そんな二人の様子を見てアルクはボソッと呟く。
「曲がり角ごっつんこはストーカー扱いされるのじゃな…………」
この日、恋のキューピットの難しさを知ってしまたアルクの晩ご飯は、ノルマを達成できなかったため、1つまみの煮干しだった…………。
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