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「どこのメーカーのを入れているんですか?」
自己紹介の後、場が温まってきたぐらいに出る、お決まりの質問。
その度に僕はいたたまれない気持ちになる。
答えると、だいたいどんな反応が返ってくるのか想像がつく。
「ええっ、大卒なの?」
ほらね。
聞き飽きた台詞と、見飽きたリアクションだ。
「今時いるんですね、大学卒業なんて。わたし、初めて会いました」
目の前の女性は苦笑いしながら言う。
フォローしているつもりなのかもしれないが、相手を見下した言い方だということに気付いていないのだろうか。
「ははっ、そうなんですね」
僕は笑顔を返し、ジョッキに注がれているビールを喉に流す。
それから深く溜息をついた。
勤め先の同僚に誘われ、参加した飲み会。
今までも何度かこういう場に参加したことがあるが、やはり楽しいものではないな。
横ではしゃぐ同僚を横目に、早く終わらないかなとちらりと左腕に目をやる。
「それって腕時計?」
横に座っていた女性が、左手を指差す。
「あっ、えっと……」
僕は袖を伸ばし、時計を隠す。
「へー、今時、時計をしているなんて珍しいね」
「まあ……」
「実はね、私も持ってるんだ。腕にはしていないけど、鞄に入れてるんだ」
そう言って、ショルダーバッグから、丸い金属を取り出す。
それから突起を押して蓋を開け、そっと僕に持たせてくれた。
「懐中時計っていうんだよ」
カチカチという音が、指先から伝わってくる。
僕は「ありがとう」と言って、彼女に懐中時計を返す。
「もう時計を持っている人も減ったよね」
そう言って、周りを見渡す。
「AIチップを身体に埋め込むば、時計なんてなくてもいいんだろうけど――」
「君は埋め込んではいないの?」
僕が訊くと、女性は小さく頷く。
「埋め込むのにはお金が必要でしょう? 実は私も、大学まで卒業したんだ」
伏し目がちに言う。
「だから就職は苦労した。今は就学前にAIチップを埋め込むのが主流でしょう? だから幼稚園出の人たちに比べると、やっぱり色々な面で敵わないよ」
「うん。わかるよ」
僕は彼女の言葉に深く頷いた。
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