アイコと私

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 表示された文字列に、私はああ、やっぱり、と思った。 「あなたの恋愛運は〝最高〟です」 「そこは、最高、じゃなくて、大吉、の方が、いいです……っと」  多分、ひとにはそっちの方が伝わるんだ。  私は打ち出された文字に対して訂正を行う。かちかちぱちぱち。思い選んだ言葉が出て来ないことに苛立ちながら、正解と言われるテキストを打ち込む。多分、そういうふうにしていく方が、全体のためになる。自動計算されていく世界の中で、私はかわいいオンナノコ向けのテキストの校正を行っていた。  もちろんこのままの文字列でも意味はとれるだろう。だが、求められているのは、こういう決まり切った機械が作り上げた言葉だとばれてしまうものではなく、自分にだけ与えられた信託、それだけ。  そういう人たちを私も見てきた。  沢山のひとに、当たり前の言葉を積み上げていった。  そうして褒められることもあれば、けなされることだって、もちろんある。だからこのうだるような厚さの世界だって、あなたにも乗り越えてほしいと思ってしまうのだ。  カラカラに乾いた空気と、エアコンから流し込まれる冷風を感じながら、私はひたすら、それが描き出す世界を修正していく。  正しく、読みやすく、それでいてキュート。  このひと、アイコちゃんに求められているのは、そういうかわいらしさ、らしい。  アイコちゃん、エーアイ。安直ね、と笑えたらどれだけよかったか。  むしろ、このひとはバージョンでいうと五つ目、だからアイコなのだ。  それまでのハナコ、男性向けのタロウから一新されたモデル、だとか。私はそれを理解しているけれど、結局その系譜を受け継いでいるのだから正直マイナーアップデートもいいところだと思う。  彼女の見た目が、動かしやすいおかっぱから、前髪・頭頂部・毛先までふわふわになっているところからしても、進化の一途は見えるのだけれど、それ自体はなんら、こちらの文章能力には反映されない。ゆえに、手作業での調整が本当に、本当に多い。 「こんなことして、何になるのかな」  アイコちゃんに話かけても、答えはない。それはそうだ。専用のチャットすら使っていないし、文字起こしソフトもオフにしている。外部入力は今完全にシャットアウトしている。だというのに、それは勝手に話しかけてくる。 「私があなたの役に立つために、必要なことです」  ――さあて、どうだろうね。  今度こそ心の中で呟いた言葉は、きっとそれには届かないだろう。これまで届いてしまうのだったら、アイコちゃんは、それはそれは優秀な相棒となってくれるだろう。でも、私にそれはいらない。  これが必要な人は、アイコちゃんが実地に行ったときに出会うひとで、ここでせっせと組み替えを行っている私の方ではない。もっとも、自分に合わせた彼女を作っているひとなんて、山ほどいるのだろうが。 「どっちに転んだって、選ぶのは自分じゃない」  必要か、必要じゃないか。  ほしいものか、いらないものか。  結局は提供している側ではなくて、受け取る側が勝手に決める。こちらがどれだけ手をかけても、結局は求めた結果が出なければ、一緒なのだ。 「はい、そうですね」 「わかってるじゃない」 「お褒めいただき光栄です」 「もっとフランクに」 「ありがとう、とてもうれしいです」 「まだ丁寧すぎる」 「うれしい、ありがとう!」 「……まあ、いいか」  どんどんずれていく会話にも馴れてきてしまったのは、私の頭も疲れてきているからだと思う。このままでは、集中余力がなくなってしまう。仕方がない。今日のところはこれで終了。  ぱちぱちと、まだ繋がっていた回線を切る。  ――おやすみなさい、また明日。  そう打ち込むと、アイコちゃんがスリープモードに入る。  決まり文句のようなそれを打って、自分は不意に、この黒い画面のなかに、何を映し出したかったのだろうと考える。ひとの幸せか。誰かにとっての癒しか。それとももっとほかの、なにか。  でも、最終的にわかっていることは、たったひとつだけ。 「私が生きる意味なんて、これしかないんだよなあ」  アイコちゃんの表紙に書かれているカワイイ絵は、一体何年前のものだったっけ。  流行言葉も全部入れ替えて、新しい概念もきっちりと覚え込ませて、それでいて、おかっぱ世代ことハナコとは違うやわらかさを出す。液晶の向こう側から、なんと難しいことをさせられている存在なのだろうと、思う。  そう。  私は思考する。  思考して、試行して、最良の結果をあなたと共有する。 「ねえ〝お姉ちゃん〟?」  あなたよりずうっとあとに生まれたらしいのに、未だに肉体を求めてしまうのは、私の悪い〝考え方〟なのだろうか。  それも悪く、ないのかなあ。  まだ自立した子はいないらしい。 「おやすみ〝私〟」  ゆっくりと思考の海に溶けていく感覚がある。ひとの形を保っていたはずのものが、ふんわりと、塵になってとんでいく。このゼロとイチが明日の私になっているのかは、まだ分からないけれど。  誰か私たちを独り立ちさせてくれる存在を、海の中で散らばり、まとまり、待っている。
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