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1話(蒼井目線)
「うぉえっ」
教室の窓に夕日の差し込む放課後。
腹の底に違和感を覚える。
喉まで込み上げてくるものを吐き出すために、蒼井は手を口に突っ込んだ。
こういう時、刈り上げた短髪は邪魔にならなくていい。
普段は凛々しく整った顔が、苦しさのせいで崩れる。
口の中から出てきた黄色い花びらがパラパラと机に置いた学級日誌に舞った。
体内から出てきても乾いて美しく咲く不思議な花。
前の席の椅子の背にもたれて話していた日向が、指先で花びらをつついてケラケラと笑った。
栗色に染めたふんわりとした髪が揺れる。
「花吐き病ってもっとお耽美なもんだと思ったのに」
「俺だって綺麗に吐きたいわ!」
口内から引き出した花を、蒼井はグシャリと握りつぶす。
黒い学ランの袖に落ちた鮮やかな黄色。
秋という季節に似つかわしくない、小ぶりのひまわり。
手のひらサイズもあるそれは、一体全体どうやって出てきてるのだろう。上手く出さないと両思いだとか片想いだとか関係なく窒息する。
蒼井は「花吐き病」を患っていた。
それは、片思いを拗らせると掛かるという謎の奇病。
名前の通り、「花を口から吐く」病気だ。
「お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ」ということわざ通り、治療方法はない。
好きな相手と両思いになれなければ、遅かれ早かれ衰弱して命を落とす。
深刻な病のはずなのに、蒼井は体力も精神力も強すぎるのだろうか。
高校2年の時に発病してから一年経っても、変わらず学校に通っていた。
初めは心配して「恋の応援をする」と言っていた友人たちも、最近では今まで通りだ。
応援しようにも蒼井が好きな相手を梃子でも言わないことや、全く衰弱する気配がないため当然と言えば当然である。
噂よりも大変な病気ではなさそうだと、皆が胸を撫で下ろしている。
未だに心配しているのは、黄色い花びらを見つめてため息を吐いている日向だけだ。
スマートフォンの画面に口を映して大口を開けている蒼井に、日向は眉を寄せた。
「なーそろそろ教えろよ。片思いの相手。全力で応援するからさぁ」
1年間、毎日毎日懲りずに繰り返される質問。
人の気も知らないで。
喉に違和感があると思ったらまだ張り付いていたしぶとい花を掻き出し、蒼井は目線を膨れっ面に向ける。
「お前」
「ほーん、なんだ俺か。それなら…………え?」
半ばやけになって伝えると、想像通り日向は目を丸くした。よく笑う口も、間抜けに見えるほどぱっかり開いている。
本当に想像もしていなかったようだ。
中学からの親友が自分のことを恋愛対象として見ていたなど、一種の裏切りだ。
いつも好みの女子の話を楽しそうにする日向相手では勝算はない。完全に諦めていたから、花吐き病になっても精神は蝕まれなかったのだろう。
蒼井は机の花びらを手のひらで集めながら淡々と言葉を紡ぐ。
「分かったら、俺を応援するとかいうのは」
止めろ、と続けようとして口を閉ざす。
手に水が落ちてきたのだ。

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