同じ学校なんて無理に決まってるだろ

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同じ学校なんて無理に決まってるだろ

 真夏の太陽を見ながら泳ぐのは、気持ち良いけど、目にはよくないんだろうな。  目を瞑っておけば良いんだろうけど、時折顔にかかる水に揺らめく太陽が、どうしようもなく綺麗でクセになる。  さっきまで本気で泳いでいたのに、案の定俺の横を美波が軽快に抜き去っていった時点で、心が折れた。  手足の力を抜いて、沈まない様にゆらゆらと動かしながら、小さい頃に水族館で見たラッコの様に、岸に向かって頭を進める。  ラッコなんだかクラゲなんだかわからないぐらいの速度で漂っていた俺の頭のてっぺんに、ふよっとした柔らかな何かが当たる感触。  太陽を味わうのをやめて、ちゃんと目の前の光景を見ようと、ゴーグルの中の目に力を入れた。  太陽を背負った美波の顔が、目の前に現れた。 「……ご、こぼっ。ごほっ」  驚いた俺は、閉じていた口を勢いよく開けてしまって、その中に水が一気に押し寄せる。 「ごめんっ。驚かせちゃった!」 「げほっ、ごほっ」  頭のてっぺんに当たったのは美波の手だ。俺の頭がプールの壁に激突しないように、手を出してくれたんだって、咄嗟に理解はできる。  ただ、水を吸い込んだ俺の気管支は、全くいうことを聞いてくれなくて、中に入り込んだ水を吐き出そうと、無理矢理咳き込む。 「たかやぁ。ごめんー」  俺がむせてるのを見ながら、美波の眉がへの字を作りながら中央に寄っていく。 「だ、だいっ、じょぶっ。えほっ」  咳を混ぜ込みながら、美波のへの字眉を何とかしたくて、必死に言葉を吐き出した。 「ごめんね」 「もう、大丈夫だって」  ようやく落ち着いた俺の声を聞いて、美波の顔に笑顔が戻った。  俺に向けられたそれは、真夏の太陽に負けないくらい輝いて見える。  途端に俺の顔が火照ったのは、咳き込んで力を入れたからか、照りつける太陽のせいか。  いや、間違いなく美波のせいだ。 「最後、何で手を抜いたの?」 「ん? また美波に負けるなぁって思ったら、力抜けた」 「あたしのせい?」 「んなわけないよ。俺の実力不足」  そう言いながら、別の意味でへの字眉になった美波の頭を力一杯押し込んだ。 「痛い! 痛い! 縮むでしょ!」 「ははっ。これ以上、縮まないって」 「酷いよぉ。気にしてるのにさ」  美波は人一倍身長が低い。女子の中でも断トツに低い。それを本人はかなり気にしてて、毎日牛乳を飲みまくってるって話だ。 「そのまんまで良いじゃん」 「え? 何?」 「なんでもねーよ」  美波に背を向けて声に出した言葉は、予想通り伝わってなくて、本音が聞こえてなかったことにホッとする。  俺の身長だって自慢できるほど高くない。もし美波の背が伸びたら、抜かされてもおかしくない。実際、同級生の女子の何人かは俺よりも背が高くって、俺のコンプレックスだから。 「そういえば、今年は夏休みの練習参加するんだな」  水泳部の夏は、夏休み中が本番だ。明日からの夏休みは、部活の予定だけで埋まりそうなぐらい。 「うん。今年は参加する」  美波は去年も一昨年も夏休みは来てないはずだ。大会の本番直前に参加するだけだった。 「珍しくない?」 「今年、おばあちゃん家に行かないから」 「ふーん。何で?」 「何……じゅ、受験もあるし」  受験生っていうのは憂鬱なもんで、毎年の行事すら取りやめて勉強しなきゃなんない。もちろん俺も。 「プール来てて良いの?」 「それぐらい平気! 孝弥は平気なの?」 「俺? 俺無理しないところ行くし」  俺の学力なんて、既に親は諦めたようで、近くの高校ならどこでも良いって、引導を渡された。 「そっかぁ。あたしも孝弥と同じところ行きたいな」 「はぁ? バカじゃねぇの? 美波が行くとこじゃねぇよ」  美波の学力はわからないけど、それでも悪くはないはずだ。勉強のことで悩んでる姿なんて、見たこともない。  それが何が悲しくて俺と同じところなんか。 「そんなのわかんないじゃん」  美波はそう口に出すと、頬を膨らませて、プールサイドに立ったままの俺を置いて足早に歩いて行く。 「え? 美波? どうした?」  美波の背中を追いかけるように、俺も小走りでついていく。 「なんでもないよ!」 「何怒ってんの?」 「怒ってない!」  捨て台詞を残して、美波が女子更衣室に逃げ込んだ。  ここから先は……男子禁制。 「美波ー? どうした? 俺、悪いこと言った?」  女子更衣室に向かって、一人で話しかけても、美波から返事は返ってこない。  中に入ることも、覗き込むことすらできない俺に、中の様子はわからない。    諦めて俺も更衣室へと帰る。どうせ今日は良い結果なんて出ない。顧問に話して、帰ろう。  鞄の中のスマホを確認したって、美波からの連絡なんてあるはずもない。  何よりも手軽な連絡手段は、俺にとっては全然手軽じゃなくて、ケンカ別れしたみたいな日にすら、送信ボタンが押せない。  交換した意味のない連絡先。伝えることのできないメッセージを、打ち込むだけの親指。    明日、会ったら謝ろ。
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