第11章 モブ村娘Aの衝撃

1/11
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ

第11章 モブ村娘Aの衝撃

「…そもそも、国から依頼された調査員をここに派遣しなきゃならない成り行きになったのは。つい最近になって、この集落を所有して管理してる例の一族のトップが二代目から三代目に代替わりしたのがきっかけなんだよね」 目の前のにこにこと愛嬌のある、一見人の良さそうな(良いとは言ってない)その青年の顔を見つめながら。わたしは反応するのも忘れてただ呆然と話を聞いていた。 …そりゃ、わたしとそう年齢も変わらないように見えるこの男の子が見た目通りの能天気なただ明るいだけの若者じゃない。って気配はずっとひしひしと感じてた。 いかにも人懐っこい気さくな態度は、見知らぬ場所に単身乗り込んでそこで知識や人脈をスムーズに得るための方便というか彼独自のテクニックというか。物事を自分の思うように運ぶのに有利となる商売道具みたいなもんで、単にそういう性格だとかいって片付けられるような代物じゃない。 だけど、それは荒廃した外の世界で幼い頃から一人であちこち渡り歩いた経験から身につけた処世術とか、そんな理由だとばっかり。…本当にがちの、国家を後ろ盾に持つプロの調査員だなんて。そこまでわたしに予想できたわけない。 …いやそれは当然か、とそこでやや自嘲気味に心の中で自分に突っ込みを入れた。 国ってものが今でもちゃんと外に存在してる。どころか、そもそも一度たりともなくなってもいなかった、なんて。わたしたちが知らないだけでずっと日本は何の問題もなく普通に維持されて発展し続けていたんだ。ほんのすぐそこ、振り向けばここからだってこの目で見える範囲のあの崖の上でも。 集落のこの土地だって、例の世界的大財閥一家の私有地の山林としてしっかり国に登記されてた。終始ずっと日本国の正式な国土として認定されていたんだ。ここに住んでる当のわたしたちが知らないだけで。 「…大丈夫?聞いてる?純架」 気づくと高橋くんがちょっと心配そうな表情でわたしの顔を覗き込んでいた。どうやら難しい顔つきでしばし黙って考え込んでしまっていたらしい。慌てて顔を上げて表情を取り繕う。 「大丈夫。ちゃんと聞いてるよ、話。ここの所有者が二代目から三代目に引き継がれたんだよね、最近」 「そう。そもそも初代、っていうか財閥の筆頭としては別に一代目ってわけじゃないんだけどね。遡ると江戸時代から続く政商の家系だから…。集落を所有した人、っていう意味での初代って認識で使ってる。でも、こんな話頭に入ってこない?一気にいろいろ話しすぎたかな。もう少し落ち着いてから、この先の話はまた改めて別の機会にした方がいいか」 わたしがショックで黙り込んでると思って心配してるのかな。気遣うようにこちらの顔色を伺ってるのに気づいて、ぶんぶんと首を横に振って否定する。 「ううん、平気。ていうか、ここまで聞いちゃったらできるだけ最後まで知りたいよ。中途半端なところでやめられたら。かえってあとで気になっちゃう…」 「そう?無理しないでね。途中で頭に入んなくなったり、集中できなくなって話についていけなくなったら。そこで一旦やめてもいいし、途中でやっぱここがわからん!ってなったら。別に何度でも遮って説明求めてくれていいんだからね」 その言葉にはちゃんと真情がこもっている、ように聞こえる。 表面だけめちゃくちゃ調子がよくて好感度三割増し、なんていつも彼のことちょっと斜めに見てる身としては。こういうときやっぱり本当にまともないい人なんだよな、と認識を新たにして反省しないこともない。 常に相手を上手いこといい気分に乗せてほいほいと操るやり手、みたいに見越したつもりでいると本質を見誤る。そういうスキルを持ってることと、この人がちゃんとわたしの気持ちを慮ってくれてることは別に矛盾しないわけだから。 彼はゆっくりと、わたしの頭にも入りやすいようにと気を遣ってか噛んで含めるように順を追って。まずはここの初代所有者について詳しく説明することに決めたようだ。 「…二代目、つまりその人の息子に当たる人物だけど。事業の分野は当然、早くから父親について一から十まで叩き込まれて育ってきたってことだったのに。父がこんな空間を私有して何十年もかけて人の住む集落を育て上げてきた趣味には最後の最後、引き継ぎを言い渡されるまでついぞ気づくこともなかったらしい」 それまで父親は息子やその他の家族の誰にも知らせることなく、黙々と生身の人間たちの集団の世話を続けて小さな社会を自分の所有地の中で密かに成長させていた。 彼が手がけてる事業の中には国内最大手の流通グループ企業も含まれていたので、特に不審に思われることもなくありとあらゆる分野の資材や物品を揃えることも難なく可能だったとのこと。 私邸を含む広大な所有地の中に大規模な倉庫を設置して、満遍なくさまざまな品目をそこに備蓄しておく。という名目で多岐に渡る用途の物資をトラックで運び込み、惜しげもなく山と積み上げた。何も知らないこちら側の業者が物品を倉庫に納入して外から重い鉄製の扉を閉めると、内側から技術部の職員が現れてそれを仕分けして収納する。そうやって双方が顔を合わせないやり方で資材を補充することができた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!