イヴのくれた世界

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*** 「ミシェル坊っちゃん。今日から、この子があなたのお友達でございます」  ラトロンス伯爵家の執事であるモリスが、綺麗に整えた白髭を揺らしながら、一体の人形をよこした。  黄金に輝く髪と、雪のように白い肌。瑠璃色の瞳はどこか儚げで、物憂(ものう)げな表情を浮かべている。  十四になった僕へ、父上からの贈り物らしい。  聞いたことはあったが、これがオートマタか。噂の通り、見た目は人間と変わらないんだな。  上半身を起こしてベッドへ横たわったまま、僕は手を差し出した。 「僕はミシェル。よろしくね」  スッと伸びてきた手が握手して、ぎこちない笑みが向けられる。 『ミシェル様。よろしくお願いします』 「……その呼び方、なんかやだな」 『では、なんと、お呼びしましょうか?』 「ミシェルでいいよ。それと、敬語もなし。今日から、君は僕の友達になるんだから」 『わかった。ミシェル』  そのオートマタは、言葉を理解するようにうなずくと、一歩前へ出た。瞳孔の広がり方、電灯に照らされた髪の艶まで、どこを見ても人間のようだ。 「うん、その方がいい。そうだ、君の名前は?」 『ナマエ』  薄紅色の唇を動かして、ひとつ瞬きを落とし、『ワタシは、イヴ』と品のよい笑みを浮かべた。 「いい響きだね。これからよろしく、イヴ」  ──夢を見ていた。  僕がイヴと初めて出会った日のこと。  触れた手のひらが、人より少しだけ機械的で、冷んやりと気持ちがいいのを思い出した。  高精度のオートマタと人間を区別するための、数少ない部分だと言われている。  西暦2052年。  地球上のどこかに存在する街、アストニタス。ここでは、貴族のみ所有することができるオートマタが存在している。  使用人として使う者もいれば、子のない夫婦が家族として受け入れることもある。人間そっくりに感情をAI搭載されており、喜怒哀楽を目や唇で表現することができた。  十畳の部屋につけられているレースカーテンを少しだけ開けて、庭を見下ろす。  赤や白の薔薇が咲き乱れる中、兄が友達と走り回る様子が目に映った。  枕元には、何十回と読んだ本。何ページになんの台詞が出てくるかすら記憶している。  どれほど吐き出したか分からないため息を飲み込んで、僕はベッドから降りた。  ……退屈だな。  本棚に詰まっている背表紙をなぞっていると、ドアの向こうで声がした。 『ミシェル、入ってもいい?』
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