戯れの神芝居

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 その(のち)、紫音は絶世の美女の言うままにフロントでタクシーを呼ぶ。  ホテルのエントランスから先にタクシーに乗り込んだこの女性。美しいだけではなく、どこか瞳の中に心根の強さが感じられる。女性が運転手に行き先を告げると、ややあって自分の名を明かした。 「私の名前は雪麗(シュェリー)、よろしくね」 「俺は葉山紫音、こっちこそよろしく」 (うわぁ~、めっちゃええ匂いや、スタイルも抜群やし。それに上品そうな女やな。どっかの御令嬢やったりして…) 「ここから、だいたい1時間ぐらいは走るわよ」 「そんなに…」  このとき紫音は鬼隈と約束していることを思い出した。というのも、今回、大陸に来たのは紫音だけではなかったからだ。オロジャッジグループの幹部だった鬼隈と竜一が一緒だった。当初、マカオでオロジャッジグループの幹部定例会が開催される予定だったが、急遽、場所が変更になったようだ。  彼らは一足先にヘリコプターでオロジャッジグループの幹部定例会に参加しようとしていた。それもマカオから北西へ約数千キロ離れたウイグラルまで。  鬼隈と竜一は、オロチと鬼族の頭主に鬼神である紫音を紹介すると言って彼らに接触を図ろうとしていた。だが、疑い深い彼らのことだ。一度、神族に寝返った奴等を、そう易々とは信用しないだろう。    そのことも折り込み済みの鬼隈と竜一は、彼らが一番欲しがっている札をちらつかせ再びオロジャッジグループの中枢に入ろうと試みていた。  この国の名は大清国(だいしんこく)。日本の国土の約26倍、人口は約10倍の14億人以上、軍事力も約10倍。その上、大陸の蛇族と鬼族の妖力は半端なく強大だ。いくら紫音達といえども、こんな奴等とまともに戦っても勝ち目はない。  今回の彼らの任務はオロチの信用をつかみ、もう一度オロジャッジグループの幹部に返り咲くこと。もちろん紫音もその中に入ろうとしている。グループの中枢の奥深くに入り込めばなんらかの弱点が見えてくるはず。さらに内部から崩壊さすことも視野に入れ動こうとしている。だが、バレれば確実に命は無い。  ここまで彼らがリスクを背負うのは理由があった。  現在、日本にある30万人以上の人々が住む都市と日米問わず陸海空すべての基地に、大陸から30万発以上の弾頭ミサイルが向けられていたのだ。さらに、自国民にも徴兵制度を()いだした。オロチと鬼の頭目は虎視眈々(こしたんたん)と日本に攻め入るタイミングを見計らっている。それは、今日明日かもしれなかった。  そのような情報をつかんだ紫音達。完全に壊滅はできなくとも何らかの成果は得られるはずだと、鬼隈達と一緒に大陸に乗り込むことにしたのだ。もちろん、九尾の妖狐玉藻前(たまのまえ)も、新たな殺生石かオーヴに封じるつもりだ。  鬼隈との約束とは、敵の本拠地であるがゆえ、ホテルから一歩も出ずに大人しく待っていることだった。
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