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「あるよ」
居酒屋の裏メニューを教えるように、美亜が言った。
「え? 呪いの村が?」
一歩足を踏み入れたなら、たちまち命を落とすというネットで話題の『呪い村』。
ゼミで出会ってひと目惚れをし、なんとかデートに漕ぎ着けた美亜が、その日はじめて嬉しそうに反応してくれて俄然テンションが上がる。
「だって私、その村の出身だから」
ミステリアスな微笑をたたえた面差しは、永遠に独り占めしたいほど美しくて。
だから俺は美亜との結婚を決め、呪いの村へ婿入りを果たしたんだ。
「籍を入れれば、呪いは無効だから」
そうは言っても入籍後、はじめて村を訪れた際は震えた。村の領地に一歩でも立ち入ったなら、肉体は四散すると聞いていたからだ。
実際にはそこは、風光明媚な空気も食べ物も美味しい、最高な場所だった。
村には決して外部に知られてはいけない秘密があるという。それを教えてもらうには、俺はまず十年間、美亜の婿として村の為に尽くさねばならないらしい。
世紀の秘宝か秘術を綴った書物か、はたまた呪いを操る妖の存在か。
真実を知ることは出来なかった。
俺は美亜から離婚を言い渡された。
体力もない(文系限界オタク)。経済力もない(就活は全滅。村の奴らは俺をATMとして期待していた)。生殖能力もない(何故か美亜以外にも村の女たちをあてがわれたが誰も懐妊せず、不能が判明)。そんな婿は不要とのことだった。
離婚届に署名をし、美亜に促され二人で村役場へ向かった。
夜間窓口は薄暗く、床の黒い染みがやたら目についた。
「はい。確かに受領しました」
職員の声を遠くに聞きながら、俺は床の染みの理由を知った。
「身体が四散する」の噂は嘘だった。
突然、俺は体の内側から、湧き上がるマグマのような熱に侵されていくのを感じた。
「ごめんね」
罪の意識などまるで滲ませない、美亜の冷たい声。
そして、黒く溶け、リノリウムの床に広がっていく、かつて俺だったモノ──。
【END】
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