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藤原薬局は、こぢんまりとしたお店だった。
ドアを開けると小さな鈴がかわいい音を立てた。
「いらっしゃい」
「お薬お願いします」
母が処方箋と保険証を渡して、二人でソファに座って待つことにした。何だか彼の家に来たような気持ちで、私はお店の中をぐるっと見回した。
カウンターの後ろは壁一面の棚になっていて、薬がぎっしり並んでいた。どんな仕事も大変だけど、こんなにたくさん種類があって、間違えないようにするのは神経を遣うだろうな。
お店の片隅にはマスクや絆創膏が置いてある。棚の端には、トイレットペーパーも積んであった。片田舎のこの辺りでは、昔からずっとある「町の薬屋さん」というところだ。
お店には藤原くんの両親だけで、雨模様だからか他にお客さんもいなかった。
しんとした空間に、カタカタというプリンターの音やお薬を袋に詰める音だけが聞こえていた。
置いてある雑誌でも読もうかと思った時、奥のドアが開いて藤原くんがひょっこり顔を出した。向こう側は自宅と繋がっているようだ。
「あら。どうしたの」
「お祖母ちゃんが、ちょっと怪我しちゃって…」
「俺が行くよ」
おじさんが立ち上がってドアの向こうに消えた。藤原くんはまだそこに立っていて、私の方を見ていた。
「…こんにちは」
思いきって声をかけると、彼がにっこり笑った。
「やっぱり。原田さんだった」
「熱出ちゃって、病院に行ってきたんだ。藤原くんも今日はお休み?」
「僕はいつものってヤツだよ」
少し寂しそうに笑って彼が答えた。
お薬の準備が整って、母が呼ばれていった。
「熱もあるの?」
「うん、少しね。もしかして、同じ風邪かなあ」
彼と同じなら いいのにな
「早く元気になって、また学校で会おうね」
「ありがとう。お大事にね」
それ以来、前よりも少しだけ彼と話す機会が増えたのは、気のせいではなかったと思う。
それでも、時々頬杖をついて窓の外を眺めている彼の横顔を見る度に、私は彼との距離を感じずにはいられなかった。声をかければふわっと笑ってくれるのに、そんな時の彼の心は、教室のどこにもなかったように思う。
何も映さない瞳は、いつも憂いに満ちていた。
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