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冬休み前のことだった。
やんちゃな男子が、休み時間に大人しい松野くんをからかっていた。
「お前、何でそんな女みたいな言葉づかいなんだよ。ひょっとして性別間違ってんじゃねえの」
変声期を終えた低い声音が嘲笑う。
何を返してもそう言われるからか、松野くんは黙っていた。
いつものように本を読んでいた藤原くんがすっと立ち上がり、彼らの方に向かっていった。
「そのことで、彼が誰かに迷惑かけたの?」
澄んだ声が響いた。
騒がしかった教室が、一瞬で静かになった。
皆が3人を見つめている。
「迷惑ってか、キモいじゃん。男なのに」
「そんなに不愉快なこと? 言葉が丁寧なだけで男とか女とか関係ないでしょ」
男子は大人しい藤原くんにたたみかけられて、怯んだようだ。
「な、何だよ。お前だってそうだろ。なよなよしやがって」
「今は僕の話じゃない。松野くんに謝りなよ」
藤原くんがこんなに怒るのを見たことがない。
きゅっと唇を固く結んでまっすぐに相手を見据えてる横顔は、いつもの柔和さが鳴りを潜め、相手の全てを拒むかのように鋭かった。
男子は、鼻白んだ様子で「けっ」と顔をしかめて教室を飛び出した。松野くんが軽く会釈すると、藤原くんも少しだけ笑って席に戻ってきた。
教室はまた騒がしさを取り戻した。
藤原くんは、席についてもずっと黙ったままだった。
もう一度本を開く気にはなれないようだ。
さっきまでは感じなかったのに、顔色も悪くてつらそうに見えた。
「大丈夫?」
「うん。保健室に…」
立ち上がろうとした彼が少しよろけたので、思わず手を差し出した。私の手が触れた瞬間、彼が払いのけるように腕を引いた。
藤原くんはすぐにはっとした顔になった。
「…ごめん。大丈夫だから」
「…うん。私こそ、ごめん」
理由はわからないが、彼の方が心を痛めているように思えて、私はそれ以上言葉に出来なかった。
教室の中はざわめいていて、私たちの様子に気づかない。
拒まれた手が宙に浮いたまま、私は立ち尽くしていた。彼はもう一度、ごめんと呟くように口にして、教室を出ていった。
翌日、少し気まずい思いで教室に入ると、藤原くんが私を見つけて微笑んだ。
「おはよう」
「…うん。おはよう」
昨日のことが消えてなくなったわけじゃないけど、その笑顔はいつもと変わらなくて、私はほっとして自分の席についた。
「これ、昨日返すの忘れちゃってた。ごめん」
「あ、そっか」
藤原くんから自分のノートを受け取った。
指が細くて色白の華奢な手。
ひょろっとして頼りなげに見えるのに、芯はしっかりしてて自分の意見をちゃんと口に出来る。
でも…
昨日の彼の顔を思い出した。
何がそんなに彼を苦しめているんだろう。体が丈夫じゃないことと関係があるんだろうか。
…私に何か 出来ることはないのかな
藤原くんの力になりたかった。
でも、きっと彼が独りで抱え込んでしまうということも、容易に想像できた。
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