彼の処方箋

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 週明けの月曜日、優奈が私を呼び止めた。 「どうだった? 渡せた?」  私は黙って首を横に振った。 あんなのはただ、押し付けて逃げてきただけだ。 渡したうちに入らない。 「そうなんだ。菜実たちもダメだったって」 「そう…」 「気持ちだけで十分だって。好きな人からしか貰えないって。それ、志桜里のことだよって、菜実が」  ほんの一瞬だけ、淡い期待が胸をよぎった。 だけど、あの時の藤原くんの表情を思い出して、私はそれをすぐに打ち消した。 「違うよ…」 私が逃げたから 返せなかっただけ あんな寂しい顔されたら ほんの少しでも 私のこと好きだなんて思えないよ… 「そう。一途なんだね」 「…うん」 あの時も優しかったけど でも 同時に残酷なくらい正直で 僕の心はここにはないんだよって じゃあ いつも何であんなに 楽しそうに話をしてくれたんだろう 涙がぽろっとこぼれた。 「志桜里? どうしたの」 次々にあふれ出して止まらない。 「…あー、あれだよ。ほら」 泣きじゃくる私の背中を優しく撫でて、優奈が(なだ)めてくれる。 「受験生に恋はいらないってね」 「…うん。だよね」 鼻をすすりながら、私もやっとのことで言った。  藤原くんはそれから学校に来ていない。 肺炎を起こして入院したと、先生が皆に告げた。 今日も空っぽの机を見ながら、私はため息をついた。 会いたいな …でも やっぱり気まずいか それでも彼なら、何事もなかったかのように微笑んでくれるはず。 その笑顔に、私は救われるのに。 受験勉強も追い込みにかかり、卒業式の準備も進められていく。私は先生にそれとなく聞いてみた。 「藤原くんはまだ退院できないんですか」 「ああ。許可が出ないそうだよ。卒業式は出られそうもないって」 最後くらい会いたかったな…
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