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卒業式はあっけなく終わった。
私立高に進む彼とは、もう会えないかもしれない。
「あの。原田さん?」
急に声をかけられ驚いて振り向くと、一人の女性が立っていた。
「あ…」
「藤原です」
「…こんにちは。お加減はどうですか」
「ありがとう。少しずつよくなってはいるの。あの子も今日はどうしても来たかったみたいだけど、退院が延びちゃって残念がってた。仕方ないわね」
「そうですか。最後に会いたかったです」
「またどこかで会えるわよ。これ、あなたに渡してくれって」
おばさんは手提げのついた、小さな紙袋を取り出した。
「私は今日は卒業式しか頭になかったんだけど、女の子にとって大切な日だって怒られちゃって」
困ったように笑いながら私に言う。
今日は3月14日だ。
受け取った袋の中には、綺麗な色の封筒とお菓子の包みが見えた。
心臓がとくんと鳴った。
「あの子から伝言なの。気持ちを伝えたかっただけだから、返事はいらないって」
私が彼に言ったのと同じ台詞だ。
彼の気遣いが伝わってきて、頬が少し緩んだ。
「ごめんなさいね。きっとあなたを悲しませてると思う」
「そんな…」
「でも、あの子も真剣に考えているのがわかるから。親バカだけじゃなくて」
「はい。私もそう思います」
私がきっぱりと言うと、おばさんはほっとしたように笑った。
「よかった。樹の言った通りだわ。あなたならわかってくれるって」
そんなふうに思われていたなんて、何だかくすぐったい。私は自分のことしか考えてなかったのに。
「藤原くんはいつも自分の意見をちゃんと持って凛としてて、とてもカッコよかったんですよ」
「ありがとう。また遊びにきてね。薬局はあんまり来ない方がいいんだろうけど」
「そうですね」
私たちは顔を見合わせて笑った。
一人になって手紙の封を切った。
すっきりした綺麗な文字が見えた。
原田 志桜里 さま
卒業おめでとう。
肝心な時にこの有り様で情けないです。
最後に皆の顔が見たかったな。
先月の雪の日以来だね。
あの時は本当にごめんなさい。
君を傷つけたこと、今でも悔やんでいます。
だけど、今の僕にはどうすることも出来ないことがあって、そのせいですごく苦しくてつらい時があります。
風邪みたいにお薬で治ればいいんだけどね。
そうもいかないみたいだ。
誰に相談していいのかもわからない。
言葉にしたら、誰かに話したら何かが壊れてしまいそうですごく怖いんだ。
こんな言い方じゃ何も伝わらないかもしれないけど、ひとつだけ言いたくてこれを書いてます。
君はとても素敵な人だよ。
君を幸せにしてくれる人はきっと現れるから、そのままの君でいてください。
そして、僕を素敵だと言ってくれてありがとう。
僕も僕のままでいられるように、これからも頑張るから。
それが僕の「ごめんなさい」です。
お菓子おいしかった。ごちそうさま。
藤原 樹
正直なところ、話の内容は見えなかった。
でも、彼の誠意はちゃんと伝わった。
何かに酷く心を囚われているようだけど、悲壮な感じはしなかった。彼らしくしっかり受け止めて、対峙しようとしているのが伝わってきた。
封筒の中には栞も入っていた。
細長い夏空色の画用紙に、涼やかな淡いブルーの押し花が貼ってあり、ラミネート加工されていた。同じ色のリボンが持ち手代わりについている。
ペレニアルフラックスと聞き慣れない名前が書いてあったけど、亜麻の仲間らしい。
花言葉は「感謝」だった。
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