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 とある国に「至王棋(しおうぎ)」という数百年の歴史を誇るゲームがあります。  9×9の81マスの四角形の盤上で働きの異なる複数の「駒」を駆使して一対一で決着をつける、国を代表する頭脳ゲームです。  誰の力も借りず己の頭のみで戦い、どちらかが「参りました」と投了することで決着。  自ら負けを認めるので、一切の言い訳もできないと言えます。  そんな究極の勝負の世界に生きる至王棋のプロは「棋士」と呼ばれます。  子供の頃から至王棋しかしてこなかったせいでしょうか、棋士は変わり者が非常に多いのですが、その天才ぶりは本物なので国民から尊敬の眼差しを向けられる存在です。  そんな棋士たちの頂点に立つのが、「名人」の称号を実力で勝ち取った天才中の天才。  時代にただ一人しか存在しない人知の象徴です。  現代の名人として君臨するのは木山誠司(きやませいじ)。  プロ入り前から騒がれていた超天才で、プロ入り後も想像を絶する勝ちっぷりで棋界を席巻。  あれよあれよという間に名人となって10年。  未だ彼の実力に近づく者すら現れない程の断トツぶりで、至王棋史上最強の棋士と言われています。  さらに天が二物を与えました。  二枚目俳優と並んでも遜色ないその容姿で異性の人気も獲得し、木山は時代の寵児となったのです。  そして西暦2xxx年の現在。  至王棋がその数百年の歴史の中で最も大きなターニングポイントを迎えていました。  至王棋AIの進化です。  中でも「シスルマ」と名付けられた至王棋AIは特に優秀でした。  数年前から徐々に力をつけ、ついに昨年はトッププロとの直接対決で互角以上の結果を残したのです。  こうなってくると当然、世間の関心は「木山誠司とシスルマはどちらが強いのか」となってきます。  しかし煽るマスコミに対して、至王棋連盟の会長は木山vs シスルマに首を縦に振りませんでした。  口には出しませんでしたが、もし木山が負けたら「至王棋」という伝統そのもののアイデンティティーが崩壊してしまうのではと危惧してのことだったのでしょう。  ですがその後、有名企業がスポンサーとなって対局をインターネットで生中継するなどの条件を提示されると会長は翻意しました。  木山誠司個人の人気は凄まじいのですが、至王棋そのものはルールの難しさと地味さで人気が伸び悩んでいたのです。  そこで、木山vs シスルマをマスコミに大きく取り上げてもらって至王棋の新規ファンの獲得につなげようという狙いでした。  木山vs シスルマの世紀の一戦は「電皇戦(でんおうせん)」と名付けられ、持ち時間は5時間の1本勝負に決まりました。
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