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 最高峰の神様を(まつ)る国内で最も有名な神社内で対局は行われました。    唐草菱(からくさびし)地模様(じもよう)薄紅藤(うすべにふじ)の濃淡ぼかしの着物に蘇芳色(すおういろ)大島紬(おおしまつむぎ)の羽織に身を包んだ名人・木山。  至王棋盤を挟んでその向かいで正座しているのは、シスルマを搭載した白色の人型ロボット。  次の指し手が決まると、人間と同じような指で必要な駒をつかんで器用に盤上に指すことができます。  人間のような形と動作で木山と対峙していると、視覚的にも「人間vs AIロボット」が非常に映えます。  その横に万一エラーなどが発生した時のためにシスルマの開発者の成田が座っています。  あとは中央に電皇戦の立会人のベテラン棋士二人と、至王棋の手順を記録する記録係の若手棋士一人が座っているだけと、対局の場には最小限の人数しかいません。  空気は極限まで張り詰めていて、駒を盤に置く時のパチッという高い音は、まさに互いのプライドを賭けて散っている火花のようです。  開始から半日近く経って、世紀の一戦は終盤を迎えていました。  後手(ごて)のシスルマがちょうど100手目を指したところです。  インターネット中継の視聴者のために別室で解説するトップ棋士たちですら、形勢判断ができないほど難解な展開でした。  そして手番になって1時間ほど経った時でした。  木山がポーカーフェースで盤上を鋭く睨みながら人差し指でおもむろに鼻の下をこすりました。  これにネット試聴している木山のファン、至王棋界を蹂躙するAIを人間が倒してくれることに期待を寄せる至王棋ファン、解説陣は大興奮です。  何故かというと、人差し指でおもむろに鼻の下をこする仕種は勝ち筋が見え始めた時の木山の癖なのです。  木山は全て見切ったようにごくごく小さく何度か頷くと、持っている扇子で自らを扇ぎながら思いました。      {コレぜってー負けたじゃん}
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