ラスト・オブ・文豪1

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ラスト・オブ・文豪1

20XX年、AI技術の進歩により世の中の小説は全てAIで作成される様になった。 芥川龍之介タイプ、太宰治タイプ、夏目漱石タイプ、川端康成タイプ…… それぞれの“電脳文豪(サイバライター)”が開発され、それぞれの作風やストーリーは正にそれだった。 毎年行われる日本小説グランプリでは、これらのAIを使って作られた小説で競われ、日々進化する電脳文豪によって小説業界は一大ブームになっていた。 いつしか日本からは小説家と言う肩書きは無くなり、人々はAIに作られた物語をただ読むだけになってしまったのだ。 都内に住む青年、菊池 栄太郎(きくち えいたろう)は、小説好きな若者で、今日もまた街の外れにある小さな本屋さんで、一人小説を読みふけっていた。 眼鏡が本に付くくらいの距離で本を持ち、ブツブツ言いながら毎日二時間程立ち読みをする栄太郎は、周りの人から見ると「変人」だった。 「栄太郎、栄太郎やい」 「栄太郎!」 「あ……はい」 本屋の店主の呼びかけにハッと気付いた栄太郎は、ビックリして本をパタンと閉じ、そそくさと店を後にしようとした。 「ありがとうございました……」 「待ちな!」 店主は逃げるように帰る栄太郎の腕を掴み、こう話し始めた。 「お前さん毎日立ち読みしてるが、そんなに本が好きなのか?」 確かに本は好きだが、お金の無い栄太郎は立ち読みするしかなく、数々の本屋を出禁になっていたが、この昔からある“紀伊国屋書店”だけは何故かそんな栄太郎を受け入れてくれた。 「今はエーアイってやつがインターネットで小説を書いてるから、わざわざ古い紙の本なんか読む必要ないじゃねぇか」 店主はそう言うと栄太郎の腕をそっと離し、近くの本を一冊棚から取り出した。 「僕は……人間が書いた小説が好きなんです」 「へぇ……それは何で?」 「なんでかな……ははは、ストーリーに温かみがあると言うか、心があると言うか…」 「そんなのが分かるのか?お前に」 店主は机に先程棚から出してきた本を置き、栄太郎に見せた。 「じゃあこの本は人間が書いたか、エーアイが書いたかわかるかい?」 栄太郎は本を開き、眼鏡が当たるか当たらないかくらいの近い距離で本を読み始めた。途中で栄太郎はハッと何かに気付き、本を読むのをやめた。 「あ、あの……これは人間ですかね…」 本の半分も読み行かないうちに栄太郎は店主に向かってそう答えた。 「はははは、エーアイだよ。それも」 「ほらな?人間が書いてもエーアイが書いても結局文字にすると、どっちが書いたかなんて分からないだろ?」 「ははは……そうです…ね、ははは」 本の題名は空気魂(エアコン)、作者は木下 玄田郎(きのもと げんだろう)となっていた。 栄太郎は店主に一礼すると本屋を後にし、リュックサックをブンブン揺らしながら早歩きで帰路についた。 「変わった奴だな…あいつは」 店主がそう呟いていると、近くにいた一人の男性客が声を掛けてきた。 「あの……すみませんさっきの子は?」 「はい?栄太郎の事ですかね?」 「はい、さっきこの本を読んでいた」 男は先程の空気魂を手に持ち、ペラペラとページをめくった。 「あいつは悪い奴じゃないんですがね、ちょっと変人でして」 「両親を亡くしてから毎日ウチに来るようになってねぇ……寂しいんでしょうね」 男は、店主の話を聞きながら黙って本を読んでいたが、ふと店主の顔を見てこう答えた。 「これ……僕が書いた本なんです」 ※※※※※※※※ 栄太郎は家に着き、リュックサックを押し入れにしまうと、亡くなった父親の書斎に入った。栄太郎の父は小説家であった為に、書斎は父が亡くなる直前のままの状態になっていて、書きかけの原稿と父が愛用していたガラスペンがそのままになっていた。 栄太郎は父が途中まで書いた小説の原稿を見ながら、小さい時に父と一緒に物語を考えたり、小説を書く真似後をした事を思い出していた。 「父さん……ごめんね」 「僕に文才があれば、この小説の続きを書けたんだけど……」 「最後まで…書きたかったよね…」 その時、突然栄太郎の家のインターホンが鳴った。 「ピンポーン……ピンポーン……」 「誰だろう……?」 栄太郎が玄関の扉を開けると、そこには先程、紀伊国屋にいた男が立っていた。 「あ……どなたでしょうか?」 「やあ栄太郎君、突然ごめんね」 男はそう言うと笑顔のまま土足で廊下に上がろうとした。 「あ、や、ちょちょちょ……靴」 「やや!ごめんごめん……」 「俺はワクワクすると周りが見えなくなる癖があって……」 「はぁ……」 男はリビングに入ると、ドカっとソファーに座り、部屋の中をキョロキョロ見回した。 「これがあの菊池 洋介(きくち ようすけ)先生のお宅か……」 菊池 洋介とは栄太郎の父親の名前だった。彼もまた有名な小説家で、AI小説が発表されるまではベストセラーを生み出す才能があり、数多くの小説家の憧れの人物だった。 「あ、あの……僕に何か用ですか?」 そう言って不安そうにお茶を出す栄太郎は、男の顔をジロジロ見ていた。 「栄太郎君、さっき空気魂を読んでいたでしょ?」 「ああ……はい」 「あれ、僕が書いたんだ」 「やっぱり人間が書いた小説でしたか……」 「あんまり驚かないんだね。で、何でわかったの?」 「AIにはできないアナグラム構文が文章の中に入っていたから……」 「なるほど……君はあの難しい暗号に気付いたのか……」 男はフンと頷き、栄太郎の近くにあった原稿の山を手に取り、勝手にパラパラと読み始めた。そうすると、突然笑ったり泣いたりと完全にその原稿に感情が入ってしまっていた。 「流石、菊池先生だ……素晴らしい」 「これ程の小説を書けるのはやはり日本では彼一人しかいない、伝説の先生だ……」 男は涙を拭きながらお茶を飲んだ。 「あの……すみません」 栄太郎は申し訳なさそうに右手を上げた。 「それ、全部僕が書いたんですが……」 それを聞いた男は驚き、リビングで盛大にお茶を吹いたのだった。 ラスト・オブ・文豪(1)終
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