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ラスト・オブ・文豪2
「これ…全部、栄太郎君が書いたの?」
「ああ…はい…」
「ええっ!?」
男は目を開き切って原稿をもう一度パラパラと見直し、再度驚嘆した。まさか高校生くらいのこの青年が書いた小説とは思えない程、緻密で繊細で、完成されていた。
読み出した瞬間、物語に引き込まれ感情を揺さぶられる。
目の前に広がる“それ”は、父親の菊池 洋介(きくち ようすけ)を超える程の作品だった。
「栄太郎君…凄いよこれ…」
そう言われた栄太郎は顔を真っ赤にして、頭をポリポリとかいていた。
「ぼぼ…僕なんて全然才能無いですよ」
「自分で書いたやつを何回か読むんですが、読んでいてもあまり面白く感じないし」
「それは君が自分で書いているからだろう?」
「ワクワクしないのはラストも全部知っているからに決まってるじゃないか」
栄太郎は腕を組み、少し考えた後「そうか」と手を叩いた。
「僕は空気魂を執筆した木下 玄田郎(きのした げんだろう)よろしく!」
「みんなはAI作品しか読まなくなったから、AIのフリをして小説を細々と執筆しているんだ」
「あぁ…だから本屋さんの店主さんはAIが書いたって言ってたんだ…」
「僕は…菊池…栄太郎です」
「はははは…知ってるよ、さっき本屋の親父さんから聞いた」
「ねぇ…一つリクエストして良いかな?」
「何ですか?」
「六百文字ピッタリで小説を今から書けるかな?」
「え、今から…ですか?」
「本当にこれらを君が書いたのか知りたいんだ」
栄太郎は突然のリクエストにたいそう困った顔をした。今までは自分の暇潰しで書いていた小説を、誰かの為に書くなんて、生まれて初めての経験だからだ。
「ジャンルは泣ける恋愛で頼むよ」
木下は懐からペンを出して、強引に栄太郎に渡した。栄太郎は少し戸惑う様子だったが、ペンを受け取ると小さく頷き、家にある白紙の原稿用紙を探した。
「じゃあ…上手く書けるか分かりませんけど…」
気が進まない様子の栄太郎は、席に着くとおもむろに眼鏡を外し、髪をガシャガシャとかきはじめた。
「どう言う事だ…こりゃ…」
その様子を見ていた木下は口をあんぐり開け、呆然とした。
眼鏡を外した栄太郎は髪型から目付き、顔つき、表情、振る舞い全てが別人の様になり、それは正に何かに取り憑かれたかの様にペンを走らせ始めた。
「おい…栄太郎君だよな…君は…」
木下の呼びかけには答えず、無言でペンをカリカリと走らせる栄太郎は誰が見ても“病的”だった。
「できたよ、木下さん」
「え!もう書き上げたのか?三十分も経ってないぞ?」
栄太郎は面倒くさそうに髪をクシャクシャかきながら席を立ち。木下に先程書き上げた原稿を渡した。木下は飛びつくように原稿を読み、その美しい文脈に目を走らせた。
「これは……うぅ…マジかよ」
「やっぱり君は凄いよ、AIにはこのどこかふわりと温かい悲しみは表現できないよ」
木下は栄太郎が書いた原稿を読み、数分で感動の涙を流していた。
「どう?あんたの小説より百倍は面白いでしょ?」
「栄太郎君、急にどうした?めちゃくちゃ酷いこと言うね」
栄太郎の即席小説を読んで満足した木下は、お茶をゆっくり飲み、栄太郎に向かってこう話した。
「実は皆知らないけど、AI小説ってのは危険なんだ」
「何故?」
「サイバライター(電脳文豪)にはAI開発者独自のプログラムが組み込まれていて、小説の中に人々を洗脳する文章が組み込まれているんだ」
「サブリミナル効果か…」
「そうだ栄太郎君、小説を通してAI文豪プログラム達が僕達の深層心理に訴え続ける内容はわかるかい?」
「どうせ破滅…だろ?」
「ビンゴ」
「やっぱりね…」
栄太郎はそう呟くと机に頬ずえをつき、窓の外を見ていた。窓の外を飛ぶ赤トンボの群を眺め栄太郎はフゥっと一つ深いため息を払った。
「ねぇ木下さん…」
そう言って椅子から立ち上がった栄太郎は、机に置いてある眼鏡を拭きながら木下の方を向いて尋ねた。
「何か甘い物、持ってる?」
小説グランプリは1週間後に迫っていた。丸川、幻夏舎、石波書店、と言った名だたる出版社からはAI文豪を駆使した書き下ろし作品が多数出品され、それを目当てにした多くの読者が会場に集う、日本全体を巻き込んだ一大イベントだった。
「栄太郎君、お願いだ。小説家としてグランプリに出場してAIに勝利してくれ」
「小説家達から離れて言った読者の人達にわからせてやりたいんだ」
「人間の心は人間にしか動かせないって事を!」
木下は栄太郎の前で土下座した。頭を床に擦り付け、涙を流していた。彼も人間が書いた小説をこよなく愛する小説家だったのだ。
「君しか…いないんだ…頼むよ」
それを聞いた栄太郎は眼鏡を掛けて、ゆっくりと父親の書斎に入った。机に転がる埃がまとわりついたガラスペンに映る自分の顔を見て、丸眼鏡がとてもよく似合っていた父親の面影を重ねていた。
「分かりました…やります」
「本当に?栄太郎君…恩に着るよ」
「でも…君が負けたら、もしかしたらみんなの笑いものになるかも知れないよ?」
「……構いません」
栄太郎は父親のガラスペンを拾い上げ、親指と人差し指で持って太陽にかざした。
「物語は人間が創り出す物です」
「僕は人間が書いた泥臭い文章がまた読みたい」
「栄太郎君…僕も同じだ」
「また人間が新刊を出せる日を誰よりも待ち望んでいるよ」
栄太郎は小さく頷くと、光に照らされて七色に輝くガラスペンを見つめた。
「父さん…僕に力を貸して…」
ラスト・オブ・文豪(2)終
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