ラスト・オブ・文豪4

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ラスト・オブ・文豪4

ある日、僕達家族は旅行に行く途中、車の衝突事故に巻き込まれた。フロント部分の大破により両親は即死。 瀕死の状態で病院に運ばれた僕は、両目の網膜を酷く損傷し、失明していた。 その状況を見た医師の判断により、既に息絶えていた父親の網膜を僕に移植する事になった。 しかし、視力が回復したその日から、眼鏡を掛けない時間が長時間になると、目から出血し、意識が朦朧とする様になる。 更に眼鏡を掛けないと、脳のダメージによる乖離性障害も発症し、性格も別人の様になり、他人に強く当たる事もあった。 自分を制御できなくなった僕は、小説を書く時以外は眼鏡を外す事は無く、顔の近くまで本を持って来ないと字が見えない程、ボヤけた世界で生活しないといけなかった。 他人から見る僕は、すっかり“変人”になってしまったのだ。 ※※※※※※※※ 「栄太郎!」 父親に似た声に驚き、栄太郎はハッと目を覚ました。会場の医務室のベッドから身体を起こすと、栄太郎の前には心配そうな顔でこちらを見つめる木下がいた。 「木下さん…ですか?すみません…僕…」 「栄太郎君…無理するな、さっき救急車を呼んだからな。次の試合…棄権しても良いんだぞ」 それを聞いた栄太郎は首を横に振った。 フラフラとベッドから降りようとする栄太郎の肩を抱え、木下は罪悪感に苛まれた。 自分のエゴの為に、こんな場所に彼を誘ってしまった。彼には静かな生活を送る選択肢もあったハズだ。それなのに… 「コンコン…」 突然、医務室のドアを誰かがノックした。栄太郎達が振り向くと、扉が開き女の子がひょっこり顔を出した。 「あの……勝手に廊下で話を聞いちゃってて……すみません」 女の子の後ろには何人かの人達が集まっており、栄太郎の様子を心配して医務室の近くまで来ていたのだ。 「私達、こっそりAIのフリをして小説を書いてるんです」 「はむすたって名前で活動してます」 「僕はファンタジー書いてます、影白って言います」 「仁です初めまして……」 「刹那の舞って言います…携帯小説書いてます」 栄太郎は突然の小説家達の訪問に一度は驚いたが、笑顔でこう応えた。 「みんなの小説…読んでるよ。やっぱり人間が書いてたんだね」 それを聞いた皆はパァっと表情が明るくなり、各々手を取り合って喜んだ。 「先程のあなたの執筆を見て、私達は勇気づけられました」 「何か栄太郎先生の力になれる事があればと思って…」 「おい、まだデビューしてないのに先生だってよ!」 そう言って木下が栄太郎の肩をパンっと叩き、栄太郎の頭をクシャクシャ触った。 「せ、先生だなんて…そんな」 栄太郎は恥ずかしそうに頭をポリポリかいた。ふと栄太郎は眼鏡を外し、チラッと壁にかけてある時計を見てため息をつくと、若き小説家達を自分の近くに集めた。 「じゃあ…ちょっとみんなにお願いしたい事があるんだけど…良いかな?」 「実は僕……」 近くにいた木下は、栄太郎が皆に託したお願いの内容を聞いて愕然としたのだった。 ※※※※※※※※※ 栄太郎の体調が万全では無い中、無常にも準決勝が始まった。 対戦相手は江戸川乱歩AI。推理小説やミステリーに特化した電脳文豪だ。 「さぁ今度のお題は……」 司会者が液晶モニターを指さすと、次々に文字が移り変わる。 「推理とミステリー以外で頼む……」 木下は舞台袖で祈る様にモニターを見ていた。 「次のお題は……ホラーです!」 「ホラーか…微妙だな……」 木下がそう言って不安そうに栄太郎を見ると、栄太郎は落ち着いた様子でジッと腕時計を見ていた。 「何してんだ?栄太郎君は…」 バトルがスタートすると、栄太郎は眼鏡を外し、すぐさま烈火のごとくガラスペンを走らせた。AI自動書記機の機械音と、栄太郎のカリカリと言う激しい執筆音が重なり、その音はまるで刀と刀で決闘をしている侍達の様だった。 「さぁ!江戸川乱歩AIは書き終わりました」 「えー……栄太郎君はまだ執筆中みたいですね!」 残り時間が五分を切った所で栄太郎の筆はピタリと止まった。 「まだ書き終わってないだろ?どうした!?」 木下がそう叫ぶ中、栄太郎の様子を見た会場の観客はお互いの顔を見合わせ、どよめいた。 「あの子ラストが思い付かないのか?」 「時間が無いぞ!頑張れ」 栄太郎は筆を止めたまま目を瞑り、刻刻と過ぎ行く制限時間の中飛ばされる彼への激励は、全く届いていない様子だった。 「栄太郎君!残り二分だ!時間が無い」 「とにかく句読点を打ってペンを置け!」 我慢できず木下が舞台袖から飛び出すと、両腕を捕まれ、黒服の数名のスタッフに制止させられた。 「栄太郎君……」 「さぁ!残り三十秒……」 「栄太郎!!」 最終話に続く ラスト・オブ・文豪4 終
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