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「美命」
誰かが私を呼んでいる。柔らかいテノールの声が耳に心地よい。ゆっくりと目を開くと、夕日に照らされ、左頬を赤く染めたひとりの男子学生がこちらを優しい顔で見つめていた。
「運?」
「そうだよ。来てくれてありがとう。美命」
居ずまいを正そうとして、私は彼の膝の上で抱えられるように寝転んでいたことに気がついた。慌てて体を起こす。
「狭いところに誘導しちゃってごめん」
「じゃあやっぱりあのとき運が?」
そう問いかけると、運は微笑んだ。教室を見回してみると、いつもの教室とレイアウトは変わらないのに、何か違う気がする。
「もしかして、ここは運のいる時代?」
「うん。でも、教室からは出られないみたいなんだ。調べてみたんだけど、日没までなら美命は元の時代に戻れるみたい」
戻れると聞いてほっとした。学校には友達なんていないけれど、やっぱりお母さんやお父さんに会えなくなるのは嫌だ。
「日没を過ぎてしまったら? 帰れなくなるの?」
「たぶん。美命は帰りたい?」
そう訊ねてきた運は少し寂しそうで、私は曖昧に頷いた。
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