君と奏でるノクターン

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「運、ピアノ一緒に弾こう」  いつもより新しく見える椅子に腰かける。鍵盤蓋をあけると、白鍵の黄ばみも薄い。運は静かに私の左側に座った。横幅のある椅子だけど、ふたりで並んで座るには狭い。ぶつからないように椅子の端に寄ってみても、運の体温を感じた。  鍵盤に手を置き、アイコンタクトを取る。私が弾くメロディーに合わせて、運は伴奏をつけてくれる。滑らかに動く運の手は、私のよりも大きくて、男の子の手だなと思った。  この前合わせたときよりもずっといい演奏ができた。刻一刻と日没は迫ってきていて、空が美しさを増していくのに反比例して切なさが胸を覆っていく。  窓の外を気にしながら、私たちは色んな話をした。運の時代では家同士の見合い結婚が多いらしい。自由恋愛ももてはやされ始めてきたけれど、相手を選ぶことができる幸せな人はまだ一握りだけ。運もつい最近許嫁を紹介されたばかりだと悲しみに満ちた表情で告げた。 「そろそろ時間だね」  運が窓の外を見つめながら呟いた。いつのまにか空は藍色に近くなっていて、地平線近くにうっすらとオレンジ色が広がっているだけだった。 「次は、ひと月後?」 「……もう僕たちは会わないほうがいいんじゃないかな。美命には帰るべき家があるし、僕にも決められた相手がいる」 「でも」  思わず運の肩を掴んだけれど、強い力で引きはがされる。そして、運は私のことを抱きかかえると、棚の中に押し込んだ。 「この時代の僕はいずれ死ぬ。でも、生まれ変わってきっと美命に会いに行くから」  運は私の右手を取り、手の甲に口づけた。それから私の視界は真っ暗になった。扉を閉められたらしい。運の名前を呼んでも返事はなくて、扉を叩いても開くこともなかった。
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