君と奏でるノクターン

4/14
前へ
/14ページ
次へ
 木造の独特の匂いや、歩くたびに軋む床板は、心をほっと落ち着けてくれる。廊下を抜けて一番奥の教室に入り、ピアノの近くに鞄を置く。古びたピアノ椅子に腰かけ、鍵盤蓋を持ち上げた。白鍵は少し黄ばんでいるけれど、それが逆に温かみをもたらしているようで、気に入っている。  指の運動を軽くしてから、鍵盤の上に手を置く。今練習しているのは、ショパンのノクターン。深呼吸をして弾き始める。ノクターンの魅力はやはり右手で奏でる甘美な旋律だ。いや、そのメロディを支える繊細な和音もなくてはならないか。  ノクターンの和名は「夜想曲」。目を閉じて星空を瞼の裏に描く。ゆったりとその夜空を泳ぐように曲を奏でる。美しい夜に恋焦がれるように。最後の一音まで丁寧に。 「やっぱり、違う」  上手に弾けてはいると思う。けれど、それだけなのだ。私の演奏には何か、決定的なものが足りないと思う。楽譜に目を通し、読み落としている演奏記号がないだろうかと確認する。けれど、見つからない。何度も何度も楽譜は確認したのだ。記憶した内容と齟齬はない。  ため息をつき、椅子から立ち上がる。昼間の日記をもう一度見ようとロッカーのほうへと近づくと、違和感があった。置いた位置が変わっているような気がするのだ。おそるおそる頁を開く。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加