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放課後はいつもより遅く旧校舎に向かった。教室の扉に手をかけた瞬間、ぽーんとピアノの音が聴こえた。どきりとして動きを止める。静かに扉を開き、中の様子を確認したけれど、誰もいない。
その場で引き返すか悩んでいると、聴き覚えのあるメロディが流れてくる。夜想曲だ。もう一度教室を覗いてみても、ピアノの前には誰もいない。嫌味のない緩急の付け方が絶妙で、うっとりと聴き入ってしまった。最後の一音の余韻にしばらく浸った後、教室に入る。ピアノの上には運の日記が置いてあった。
*
そうか。あの夜想曲は美命が弾いていたんだね。
信じるよ。学校中君のことを探してみたけれど、見つからなかったのはそういうことだったんだね。美命は、未来の人なんだね。
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読んでいる最中にも日記の内容は書き足される。さらさらと流れるような筆致で文字が刻まれていく。
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僕も夜想曲弾いてみたんだ。どうだったかな。
聴いていてくれたら嬉しいな。
*
感想を書く代わりに、鍵盤に指を置く。そして、右手だけで夜想曲の旋律を奏でる。もし、ここにいるのなら。
ひとつ目のフレーズを弾き終え、次のフレーズに差し掛かったとき、私の演奏を支えるようにして左手の和音が鳴る。運はやっぱりここにいるんだ。姿は見えないけれど、彼が奏でるひとつひとつの音から息遣いを感じるようだった。
直接言葉を交わすことができないのがもどかしい。けれど、どうしても伝えたくて、日記を手繰り寄せ、ボールペンを握る。
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運の演奏、とても素敵だった。
運には会ったことないけれど、どうやら私はあなたに恋をしてしまったみたいです。
どうして違う時代に生まれてしまったんだろう。
会いたい。
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