君と奏でるノクターン

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 そして、朔の日がやってきた。今朝も両親は慌ただしく仕事に出かけてしまって、ろくに会話もできなかった。クラスメイトとは挨拶以上の会話をすることもなかった。いつもと違ったのは、担任の末吉(すえよし)先生が「今日は朔だから、早く帰れよ。くれぐれも旧校舎には近寄らないように」ってホームルームで言っていたくらいだ。  放課後になり、緊張しながら旧校舎へ向かう。周囲を最大限警戒しながら進む。校舎の入り口には誰もいなくて、意外とすんなりと入れてしまって拍子抜けした。  ぎい、ぎい、と今日も歩くたびに音が出る。いつもはそんな音も好ましく思えていたのに、今日ばかりは静かにしてくれと疎ましく思う。なんとかいつもの教室にたどり着き、安堵する。まだ運らしき人影はない。 「まあ、まだ夕方というには早いしね」  呟いた声も今日は一際大きく聞こえる気がして、すぐに口を噤んだ。ピアノの椅子に腰かける。鍵盤蓋は開けたものの、音を出すのは気が引けて、音は出さずに鍵盤に指を這わせる。そのとき、外から誰かの声がした。耳を澄ませば、教頭の声だとわかった。 「四時には旧校舎を出るように。生徒を見つけたらすぐにつまみ出してください。各教室確認したら施錠してから出てください」  その声の後、廊下から複数の人の足音が聞こえた。先生たちで見回りをするなんて想定外だった。時計を確認すると三時半。教頭の話しぶりからして、四時になるときっと向こうとつながるのだろう。あと三十分も身を隠さなければならないなんて。
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