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プロローグ
サイレンが鳴り、研究所は一時騒然とした。アナウンスが聞こえる。
「イチが脱走しました。」
そう聞いて理解する人間は、この研究所内にもごく数人しかいない。何人か事情を知る人物がこの部屋を訪れて「イチ」の居場所を訪ねたけど、この部屋には僕しかいないし、「イチ」がさっきトイレに行くと言って反対方向の地下道に向かったのを見た。研究員達の慌てぶりを見るとそのまま脱走に成功したのだろう。共同部屋の机の前にある窓を見上げた。空は暗い。一歩外に出てしまえば、見つけることは容易ではないだろう。
「おかしいと思わないか。病気というだけでここに隔離され、一生を過ごすなんて。だから俺はここを出ていく。」
先週の定期検査が終わった後、窓の外を見ていたイチはそう言った。その表情は決意を固めていて、もう説得の余地がないことを悟った。
「イチ、頑張れ。」
自由になる道を選んだ「イチ」。それがどんなに過酷であることかなんて、本人が一番わかっている。そして恐れてもいたのだろう。最後に見た「イチ」の目は、ほんの少しだけ潤んでいるように見えた。
勉強に集中できなくなって、早めにベッドに入ることにした。
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