第4章 集合る -あつまる-

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「大場さん!」 爽やかさを音にしたような声が聞こえて、振り返るとそこにはモデル身長の男。城田がいた。 「城田さん!どうしたんですか?」 「いやあ探しましたよ。てっきり撤収作業でもしてるのかと思ったから。」 彼とは警察官時代から話す仲だ。スト対への異動を申し出た時からその情熱を買い、異動できるように調整もしてくれた。ただ最近は城田が忙しく、あまり会えていなかった。 「最近患者も増えて忙しいみたいですけど。大丈夫ですか?」 「ああまぁそれは、なんとか。」 城田は大場の横にいる正田をちらっと見て、また大場に視線を送った。 どうやら二人でしか話せないことらしい。 「あの、正田さん。あとですぐ行くんで、先行っててもらっていいですか。」 正田はそれを聞くとバツが悪そうに頭をかき、「あ、ああ。」と言って去っていった。 正田が角を曲がると、城田は息を吐いていたずらっぽく笑った。 「ごめんごめん。敬語疲れるわ。」 本当は二人でいる時に敬語を使わないほど仲良くなっていた。ただスト対にいる以上、研究者と仲が良いというのは不都合が多い。 だからお互い周りには感じさせないように気をつけていた。 「いやいいけど。どうした?」 「ちょっと気になることがあって。俺の研究室に来てくれないかな。」 「わかった。」 城田の研究室は会議室の真上だ。階段はなく、IDで管理されたエレベーターでの移動しかできない。その上は入院や検査の施設があり、最上階の八階には研究発表などを行うホールがあった。城田の研究室はこのセンターの中枢に位置している。上から見ると円の中心になる部分がこの「センター棟」。円周上にはスト対の本部や表向きにされている血液の研究などを行う部分があり、スト対と研究部は相互移動ができないように壁で仕切られている。センター棟は表向きはホールや入院患者用の施設とされているため、研究部で働く人の中ではストローの研究をしていることさえ知らない人が大半だった。それでも情報が漏れずに成り立っているのは、限られた人間しか出入りできないゲートとセンター内の移動をIDで管理しているからだった。 半年前に初めて来た時にも感じたが、城田の部屋は人間味を感じないといつも思う。1フロアをすべて使用しただだっ広い研究室だが、床にも壁にも傷ひとつなく、人が使用しているような匂いもない。完璧に整備された清潔な空間。それがこの部屋だった。 「そこ座ってくれる?」 城田専用の部屋だからゆとりを持ってデスクなども置かれているが、全体的に家具が白で統一されていることと、白くて艶のある天板に指紋ひとつないからだろうか。これだとどこに座るにも緊張する。城田に示されたデスク前の椅子に座るにも、浅めに腰掛けたせいでいつもはしないような姿勢の良さになる。 「で、なんだって?」 平静を装って聞く。城田はデスクに置いたパソコンの画面を見せた。 「これなんだよ。」 そこには監視カメラの写真。先ほど資料で目にした顔が写っていた。 「葉山大智?」 「そう。彼が家を飛び出したあとの時刻。一人暮らししているはずが、この日は実家に帰っていた。弟くんが気づいて見たときには血を舐めていたらしい。直接の死因は失血死だけど両親はナイフで刺されていたから、おそらく彼が両親を刺した。そして家を出て大通りに出たところがこれ。以降、防犯カメラには一度も映っていないんだ。」 だいたいの情報はグロ班にも入っている。実際の映像を見せてもらうことはあまりないが、映像に映った葉山の表情は普通の人と何一つ変わらないただの男だった。 「ここからどう逃げたのか、ってこと?」 推理や考察はあまり得意ではない。答えがすぐに出ないからだ。それを城田が要求しているのかと思い、少し落胆して聞いた。 しかし、城田は首を振った。 「この映像の最後。一瞬だけ右側に映っている男、わかるか?」 城田がスロー再生で映像を止めた。そこには細身な男が葉山の左肩に後ろからぶつかっているところが映っていた。帽子を深く被っているせいで顔は映らない。 「え?今これ、わざとぶつかった?」 そのあと映像は葉山が前に倒れこんで画面から消えた。男はその前に回り込んだように動いたが、そのあと一度も映り込むことはなかった。 「この人はおそらく意図的にぶつかっている。多分だけど、葉山が発症したことがわかって匿っている、もしくは誘拐した可能性もある。」 「だったら、これ普通に刑事事件として立件した方が、」 「スト対がわざわざ出向になってるんだ。返り血を浴びた男を匿っている人間を探すことは出来ても、おそらく葉山も殺人容疑で逮捕される。そうなると一体どこまでストローのことを話す?情報管理が確実じゃない限り、まだ流せないんだよ。」 そうか。スト対のことも、ストローのことも、グロ班のこともたまたま俺は同期がスト対にいたから聞いたこと。それでさえ本当はタブーだ。警察組織内にさえ絶対に情報を流さない。それがスト対の絶対条件。城田が言うならなおさらだ。 「てことは、」 「この人を、君と正田さんの二人で探してもらうことは出来ないかな。」 城田の目は真剣だった。唐突に終わりが近いことを悟る。俺はいつまで生きるかなんてわからない。ただこいつは、今のままだとあと二年で死ぬ。二十七歳までのカウントダウンは着々と進んでいる。二人であの男を探すのは多分相当に難航する。でもこの人を見つければ、葉山を見つけ、また一つ研究が進む。城田のためにも、いち早く研究の成果をあげることが必須なのは紛れもない事実だった。 「わかった。」 緊張を和らげた表情は相変わらず美形で、本当に死ぬなんて思えなかった。 「ありがとう。」 「なんかわかったらこまめに連絡するから。」 そう言って出口に向かう。 「よろしくね。」 城田が笑って手を振ったあと扉が閉まる前に振り返ると、無表情の中に少しだけ切なさを含んだ瞳が見えた。
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