第6章 悔恨る -いのる-

1/2
前へ
/21ページ
次へ

第6章 悔恨る -いのる-

「それで、置いておいた薬をこの子が間違って飲んでしまったと。」 カタカタとパソコンを打つ音と足を組んで浮いている落ち着きのなさが気になったが、「ねぇ、」と語気を強められて我に帰った。 「はい。すみません。」 由紀が倒れてすぐに研究所に連絡して、指示の通りに由紀の輸血をしながら待っていたら、研究員と思われる黒ずくめの3名が部屋にやってきた。 その指揮を務めていたのが坂崎加奈。由紀が仲良くしている先輩だった。 俺はこの人が研究所の人だとは知らなかったが、先輩は俺が病気だということを知っているらしく、由紀が発症した経緯を確認してきた。 「でも、先輩が研究所の人だって知りませんでした。見張り役ですか?」 加奈先輩は俺の質問に返事をせず、打ち込んでいたパソコンをパタンと閉めてこちらを睨んだ。 「あんた、馬鹿なの?人ひとりの一生を奪った自覚はある?」 「...すみません。」 加奈先輩は大袈裟なため息をついた。 「言うなら、私じゃなくて本人に言いな。」 「はい。」 手際良く由紀は研究員に連れて行かれ、部屋には加奈先輩と俺1人だった。 「結論から言うと、味覚異常が起きているし、貧血症状もある、あと薬を飲んだことを考えると、発症認定になる。ただ発症経路が他の人と違うから、今後どんな症状が出るかもわからない。急激に悪化する恐れもあるし、逆に発作が起きずに軽快する可能性もある。しばらく彼女には入院してもらうから、とりあえずあなたは帰って。連絡する。」 「はい。お願いします。」 罪悪感と絶望に苛まれ、逃げるように部屋を出ようとしたその時、 その場に広げた資料をカバンにしまっていた加奈先輩が口を開いた。 「自分の病気のこと、由紀に話したの?」 「いえ。ただ、さっき由紀にこれは貧血かと聞かれたので、病名と、貧血みたいなものだってことだけ、話しました。」 加奈先輩が研究所でどの位偉い立場なのかわからないが、研究所からの説明をどうするのか、それを決めるためにも聞いたんだろう。 立ち上がった加奈先輩は、今まで由紀といた時には見たことがないくらい眉間に皺を寄せていた。 「今後、こちらから許可したタイミングで面会に行くのは許可できると思う。ただ、病気のこと、これはあなた自身のことも含めて、勝手に話さないで。 彼女、さっきの発作の時点の記憶は曖昧だと思うからこちらから改めて伝える。あなたの薬が原因で感染したことも、データに確証がないから伝えない。寿命の件も、彼女は発症経路から計算し直しになるから、安易に伝えないで。彼女を守りたい気持ちや、申し訳ない気持ちが少しでもあるなら、なるべく普段通り、接してあげて。」 はい、と発した声は今にも消えそうで、今すぐここから逃げ出したかった。 加奈先輩はそんな俺に気を遣ったのか、「じゃ。」と言って足早に出て行った。 出しっぱなしだった麦茶を片付け、ふと床を見たら、由紀がいつも使っていた飾り付きのヘアゴムが落ちていた。彼女が大好きなキャラクター。 「こんなの、可愛くて買っても、もうこの歳じゃつけられないね。」 そう言って笑った顔を思い出す。今の俺は、由紀が重症化しないことを願うことしかできない。ヘアゴムをポケットに入れて部屋を出た。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加