第7章 夢見る -あこがれる-

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第7章 夢見る -あこがれる-

病室を出てトイレに行き、ベンチのあるスペースでお茶を買って座った。 あの日、薬との交換条件を出されてから検査を受けつつ、一ヶ月が経った。 「併発。」 口に出してみたところで特に腑に落ちる感じはない。 鉄欠乏性だろうが、血球欠乏性だろうが、どちらにせよひどい貧血ということに変わりはない。症状として現れる数々をいちいちなんの病気の症状かなんて考えてたらキリがないし、治す薬がないから尚更だ。 勢いで人の血を飲んでしまったことに多少の抵抗感はあるが、病気と言われるとそれさえも肯定される気がしてしまう。廊下ですれ違うたびに毎日話しかけてくれる看護師さんも、学校の先生より優しいのだから。 「ここは、天国か。」 呟いてみたら、意外と自分の声が掠れていて笑えた。 このまま、天国のまま、人生終わるのかも。 ふと思い立って、スマホを開いて友だちにメッセージを送る。 「サリ、ご無沙汰。」 「ちょっと、あんた三日も連絡取れないってどういうこと?」 すぐに返信が来るのがサリの良いところだ。 私より年上で、探偵のようなことをしている。 「ごめん、野暮用で。」 「で、今日は何?」 「ちょっと、調べて欲しいものがあって。」 「なに?」 「血球欠乏性貧血、について。」 「なにそれ?あんた医者にでもなるつもり?」 「いや、えーと、授業のレポートで必要なんだ。」 「なんだ、たかが高校の小論文くらい、ネットで調べなさいよ。」 「ごめん。でもちょっと、深めに知りたくて。」 「わかった。いいけど、高いからね。」 「ありがと助かる。」 調査代は内容によるが、10万くらいになることもある。それでも、この病院で調べられることはあまりにも限られていた。 スマホをポケットに入れた時、ちょうどスマホが震えた。 画面には「薬」の摂取時刻を知らせる表示が出ていた。 先ほど、今日の分として渡された血球欠乏性貧血の薬をポケットから出す。 蛍光色の小さなカプセル。廊下の窓から光に照らすと、少しだけ濁った色味になる不思議な薬。 「あ、」 勢いで手から落ちたカプセルが、コロコロと廊下を進んでいく。 重度の貧血による目眩のせいか、立ち上がる気力もなく転がっていくそれを茫然と目で追っていた。 歩いてきた人の足にぶつかったと思ったら、その人がカプセルを指で摘んで拾い上げていた。 「すいません、私のです。」 億劫な体を持ち上げて近づくと、その人は私と同じ入院着を着ていた。 「あ、どうぞ。」 カプセルを渡すために近づいてくれたその人は、私より少し年上のようだった。 「遠藤さん!勝手に出歩いちゃダメでしょ。」 その人の後ろから看護師さんが追いついて、遠藤さんと呼ばれたその人はゆっくりと振り返った。 「あ、すみません。喉乾いちゃって。」 そう言って、こちらを振り返って私を見た。私の手を取って、その手のひらにカプセルを乗せた。 「こんにちは。あなたもここに入院してるの?」 頷くと、遠藤さんは少し笑った。その一連が私より元気そうで、触れた手のひらが私より温かくて、羨ましいと思った。看護師さんもつられてこちらを見た。私の病室に来たことはないが、廊下でいつもすれ違う人だった。 「あら、木崎さんもここにいたのね。二人とも病室に戻らなきゃ。」 「すいません。」 最近は一人でいることが多かったからか、賑やかさに少し目が回る。 身体を支えるために壁に手を置くと、遠藤さんは私を心配そうに見つめた。 「大丈夫?看護師さん、私はいいから、この子連れて行ってあげて。」 看護師さんもそう思ったようで、私に近づいて肩を抱いた。 「座って。薬を飲んで。」 カプセルを見た。視界が揺れる。手も震えているような気がする。 動悸がする。カプセルを口に入れて、ペットボトルのお茶を飲んだ。 しきりに私の肩を撫でる看護師さんと、隣で心配そうに覗き込む遠藤さんが見えた。 元気そうに見える二人が羨ましかった。 同時に、自分の体の不具合を心底恨んだ。
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