第2章 捕獲る -まもる-

1/2
前へ
/21ページ
次へ

第2章 捕獲る -まもる-

貧血は生まれつき。肉は大好物だし 1日の初めに鉄分の入ったヨーグルトも毎日欠かさず食べている。それでも治らない。いつも顔色が悪いと言われるし、夏の暑さにはとことん弱い。それだって、生まれつきだ。 貧血を治すための鉄剤は身体に合わず、普段の食生活での改善を目標として早くも十年。 それはまるで、初めての感覚だった。 「ねえ。」 ホテルの一室。床に倒れた男の頬をたたく。さっきからこうして声をかけているのに、一向に目をさます気配はない。でも、男の腹部はかすかに上下して、肺がしっかり空気を取り入れているのはわかる。 「苦しい?辛い?痛いの?ねえ。答えてよ。」 首筋に小さな傷を見つけた。指1本分くらいの大きさのえぐれた傷。血はそこから少しずつ流れ出て、首筋を伝って床にポタポタとこぼれ落ちる。派手な柄のカーペットにシミを作りながら、一向に血の止まる気配のない傷口を見つめていた。だんだんと自分の動悸が早まるのを感じる。 首の傷口に唇を這わせる。舌で舐めとった感触は確かに血だけど、鉄分の入ったサプリメントとは違う味がした。少し酸味があって、苦味もあるけど残るのは甘み。口に広がったぬるっとする感じと、新鮮な甘みは今まで食べた何よりも美味しかった。 「なにこれ、美味しい。」 しばらくそれから血を舐め続け、傷口の表面をいくら舐めても血が出てこなくなってやめた。 ずっと下を向いていたせいで、立ち上がったら立ちくらみがした。男を見下ろして、少し迷ったけどそのまま鞄を持って外に出た。 体温が上がったみたいに体が熱くて、外に出たところでベンチを見つけて座った。すっかり暗くなっていて、街灯は黄色く光っている。鞄からスマホを取り出して電源を入れようとすると、急にその手を握られた。 「やめとけ。」 見上げると、黒いコートを着て夜に紛れるようにした男が立っていた。さっき倒れていた男とは違う、やけに美形な顔立ちをしていた。 「なに。誰よ。」 彼は私の隣に座り、やたら長い脚を組んだ。横に座るとなおさら顔はよく見えないが、高い鼻と澄んだ瞳はよく見えた。 「こういう者です。」 おもむろに差し出された名刺は、薄いプラスチックでできていて、暗くて見えないと思って振ってみると、街灯の光が少し当たってキラリと光った。 「日本血液研究センター。城田望。」 聞いたこともない機関。漫画みたいな名前。怪しい勧誘的なのってこういうのから始まるのかな。制服を着てこんなところに座っていたことを心底後悔した。 「そこで病気の研究をしてるんだけど、協力してもらえないかな。」 「いやです。」 なんだかわからないが、怪しすぎていますぐここから逃げたい。 「そう言うと思った。」 城田は微笑んでポケットから小さな蓋つきの試験管のようなものを取り出した。蛍光イエローのさらさらとした液体が中で揺れる。 「これは、君の病気の薬だ。さしあたり一ヶ月の契約でどうかな。僕の研究に協力し、採血と幾つかの検査を受けてくれたら、この瓶をあげるよ。ひと瓶で、君は一ヶ月の命を確保できると同時に、君の命の安全も保障する。あと、君の援交とさっきの行為のこともね。」 背筋が凍った。 この男には全部バレている。あれをバラされたら、学校の友達も、家族も、すべてを失ってしまう。男の表情を伺うと、少し上がった口角と、反対に全く笑っていない目がこちらを向いている。 「さっきの男はこっちで片付けておく。ここまでするんだから乗ってくれるよな。」 その眼差しと交換条件は、決断するには簡単だった。 「わかった。」 そう言った途端、城田の表情は綻び、長い息を吐いた。 「物分かりがいい子で助かるよ。」 じゃあ早速、と小さく呟き、ポケットに手を入れる。 「とりあえず移動しよう。この状況は、今の僕にとってすごく不都合だからね。」 突然私の首筋に手を伸ばした。触れたと同時に痛みが走る。静電気のような、微かな刺激。 冷静な頭の中で、誰かに電話をかける城田を眺めていた。途端に頭が痛くなる。思わず目を閉じて倒れる瞬間、城田の無表情な顔が一瞬だけ見えた。 「とりあえず阻害剤だけ入れたから移送する。手配を。」
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加