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第3章 感染す -うつす-
ほんの少しの誤算だった。
昨日の夜、いつものように二人で飲んだ。
由紀は普段から酔いが回っても見た目に現れないタイプだ。
いわゆるお酒に強いタイプなのだろう。
その分本人も飲み過ぎることがあまりない。
なのになぜか昨日はひどく酔っていた。
どうせ家は隣だ。
隣駅で飲んで、帰る頃には終電もなく、歩いて帰ることも恒例化していた。
隣駅から普通に歩けば15分。
この千鳥足なら、30分はかかるだろうなんて呑気に考えていた。
「ねえ、祐輝は、私とずっと友達でいてくれるよね。」
信号待ちで止まったとき、ふと由紀がそんなことを呟いた。
驚いてそちらを見ても、珍しく赤みを帯びた頬が見えるだけだ。
友達。
それがこの関係性を表す言葉になるのなら、きっとこれ以上先に進むことはない。でも、これ以上悪くなるわけでもないことを感じた。
「もちろん。」
そう呟くと同時に信号が青に変わって、歩き出すときに「よかった。」と小さな声が聞こえた。
三年ほど前。高校に入った年に俺は病気を発症した。
血液を欲する病気。二十七歳までしか生きられない病気。
その時に決めた。俺はこのまま、由紀への思いを隠して生きていくと。
中途半端にしか生きられないような男じゃなく、一生添い遂げてくれる人を、由紀がちゃんと見つけられるように。だから俺の人生をかけて由紀を守り、幸せを願うと。何度も迷った。自分の望みを伝えて最期まで俺のそばにいてくれたらどんなに幸せか。でも由紀のために、「友達」であり続けることを決めたから。病気のことも言わない。気持ちも伝えない。それが、今のままでいられる最善の道だと信じていた。
「なんか今日私酔っ払いすぎじゃない?」
自分で言うかと思うが、本人的にもやはり自覚はあるらしい。
「でもいつもと同じくらいしか飲んでなかったはずだよね。」
お酒の酔いは体調によっても左右されるというが、無理して俺と飲みにいくほど気を遣う間柄でもない。なぜかと思案しながら、沈黙と夜風が心地いいと思ってしまうのは俺だけだろうか。
「そういえば。」
由紀の家の前に着いた時、少し酔いが覚めたらしい由紀がこちらを見た。
「いつも祐輝が飲む赤いお酒あるじゃん。あれ勝手に飲んじゃった。」
アルコールは症状を悪化させる。
だからいつも飲みにいくときは処方された錠剤を溶かした薬を飲むことにしていた。毎回お酒だと誤魔化してはいたが、まさか飲まれていたなんて。
「大丈夫か、気持ち悪くなったりしてないか。」
突然冷静さを失った俺に驚いたらしい由紀は、「大丈夫大丈夫!」と早口で答えた。あの薬が健常者にどういう影響を与えるのかは俺も知らない。ただもしかしたらそのせいで酔いが回ったのかもしれないと思った。
「にしても、アルコールの香りもしないしなんか生臭い感じの匂いしたけど、なんだったの?」
血液を再現したもの、なんて言うわけがない。言っても多分信じてもらえない。それなら。
「俺専用で作ってもらった裏メニューだよ。お前には教えない。」
「何それ。」
このまま何も変わらず最期まで。幸せな時が続きますように。先ほどまで酔っていたとは思えないほど軽い足取りで家に入る由紀を見ながら、改めてそれを願った。
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