9 エピローグ

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   *  本殿に私たちを通した後、奈々緒は床に手をついてうやうやしく頭を下げる。 「今日は遠いところを、お越し頂いて」 「いや、早いうちに挨拶に来たかったんで。急に娘まで連れてきて、申し訳ない」 「いいえ、構いませんよ。仲の良いご家族に会えて、私も嬉しいです」 「あ……ああ」  横目で見ると、史恵は私の隣で少し複雑な表情を浮かべていた。おそらく家族という言葉が気になったのだろう。奈々緒にはもう離婚していることを伝えていなかったが、糸切村の事件から続くこれまでの状況を考えれば、とてもそんな身の上話をしている余裕がなかったのも事実だった。  しなやかな所作で狩衣の裾を直しながら、奈々緒は膝を揃えて座る。 「瀬野さん、お怪我の具合は?」 「ああ、傷跡は少し残るようだけど、動かすのに支障はないらしい。しばらく経ったら、この包帯も取れるよ」 「良かった……」  安心した様子で笑顔を見せる奈々緒を見て、紗月が訝しげに首を傾げる。 「でも、そもそもパパって、どうしてそんな怪我したの? この神社で取材してただけなんでしょ」 「あ、ああ……それは」 「理由はいいの。そこの奈々緒さんがすぐに手当てしてくれたから、そのくらいの怪我で済んだんだから。前から洞窟に閉じ込められるような無茶ばっかりしてるんだから、どうせ木から落ちて枝が刺さったとか石灯籠の下敷きになったとか、そんな理由でしょ。雑誌記者なんて、元々どこかタガが外れてるのよ」  口ごもる私を見て、史恵が助け舟を出す。史恵は今回の件についても何か事情があるのは察しているようだったが、あえてそれを訊ねてこようとはしなかった。 「でも凄いよね、友達のお姉ちゃんと同じくらいの歳なのに、もう神社の神主さんだなんて。紗月も巫女さんになろうかなあ」  装束姿の奈々緒に興味があるのだろう、紗月は嬉しそうにその隣に並んで座る。まるで姉妹のようなその様子は、どこか微笑ましくもあった。  狩衣(かりぎぬ)の袖を指で触る紗月に、奈々緒は目を細めて返す。 「いいですよ、紗月さんがもう少し大きくなったら、ここでお手伝いをして下さいね。見ての通り、人手が足りていないので」 「やった! 紗月、巫女になれるんだって。ママ、聞いた?」 「ほら、着物に触らないの。それに神様に仕えるんなら、紗月ももっと勉強して神様に巫女として認めてもらえるようにならなくちゃね」  ちぇ、と口を尖らせる紗月を見て、奈々緒は柔らかく微笑む。そのどこかあどけなさの残る表情を見ていると、彼女がまだ年相応の少女なのだと改めて気付かされる。  それからしばらく他愛のない話をした後、私は頃合いを見て切り出す。 「少し、奈々緒さんと二人で話をしたんだが」 「えー、もっと巫女さんのこと聞きたいのに」  不満げな紗月に、立ち上がった史恵が言う。 「大事なお話なんだから、二人にしてあげましょう。積もる話もあるでしょうし」 「悪いな、史恵」 「いいわよ、そのために来たんでしょ。私たち、少し近くを散策してくるから」  何か訳があるのが分かったのだろう。奈々緒に頭を下げると、史恵は紗月の背中を押しながら本殿の建物を降りる。 「またね、お姉ちゃん」  手を振る紗月に、奈々緒は小さく手を振り返す。  白い雪に足跡を残しながら参道を歩いて行く二人の後ろ姿を見つめたまま、奈々緒は穏やかな口調で告げる。 「可愛いですね、紗月ちゃん。私もああいう妹が欲しかったです」 「しばらく会わないうちに、随分とませた子供になって。誰に似たんだか」  石段を降りていく史恵と紗月の姿が見えなくなってから、私は改めて奈々緒の方へと向き直る。 「あれから……何か変わったことは?」
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