選太郎

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「ベータ版の稼働状況はどうだ?」  ここは株式会社『e Valuation Star(エバルエーション スター)』の役員会議室。社長の安易(やすい)が役員会の冒頭で口火を切った。  『e Valuation Star』社は『イバルスタ』と言う新興の携帯小説投稿サイトを運営している。ここ数年の急速な成長は業界で注目の的だ。その秘密は自社開発のアプリ『選太郎』に負うところが多い。  『選太郎』は日々膨大に送られてくる投稿小説のレベルをパラメータの設定により自動で判別し適切な賞を選定することができる最新のAIシステムだ。  これまで選定作業は編集スタッフが総がかりで読破しその評点に従い選考委員会が最終選考を行う人海戦術、人依存の極みであった。しかし、今や『選太郎』ベータ版の導入によりその作業は大幅に合理化され透明性が格段に向上していた。 「はい、社長順調です。特に若手スタッフから産休、育休が取り易くなった。休みが計画的に取得できるなど大好評です。『エブリスタの超・妄想コンテストに応募する時間が取れる』と言い出す輩までいる始末です。社員の残業経費節減とモチベーションアップで文字通りWinWinですな。はははは」  人事総務兼サイト運営担当役員の古居(ふるい)が妙に乾いた笑いで応えた。 「そうか、それは良かった。今や世の中、働き方改革でうるさいからな。ところで拘利(こだわり)君、選考結果に対してこれまでのやり方と『選太郎』で違和感や会員からクレームはないか?」  安易がIT担当役員、拘利に尋ねた。 「はい、社長大丈夫です。我社の目玉コンテスト『創造コンぺ あなたの想いを3000字!』にこれまで応募された199回全ての投稿を『選太郎』に学習させて精度が各段に向上しています。念のため199回目は臨時選考委員会を催し選考したところ受賞者は『選太郎』と全く同じでした!」 「そうか、そうか。それは良かった。今や世の中、クレーム対応を誤ると会社が一気に傾く時代だからな。拘利君『選太郎』はまだベータだが後何を改良するのだね?」 「そうですね。残件は選考結果のコメントです。これも『選太郎』が作成できるよう取り組んでいます。これまで199回分の全コメントを入力済ですがそれをベースに作成するコメントは誤字脱字の類はないものの文脈に不自然な点がありもう一息と言ったところです」 「なるほど。わかった。そう言えば『選太郎』は長編も適用可能かね?」 「もちろんです。AIの『選太郎』にとって応募原稿は単なるデジタルデータの羅列。そのパフォーマンスは応募される小説のコンテンツに依存し、短編であろうが長編であろうが長さは何ら影響ありません」  拘利が自慢げに答えた。それを聞いた安易が満足げに大きく頷いた。    安易には壮大な戦略があった。  まずは『選太郎』を国内で外販し様々な文学賞で使われる。その先には海外の著名な文学書を取り込みノーベル文学賞ですら密かに使わざるを得ない評価選定アプリの国際的デファクトスタンダードになるという野望だ。英語の社名もそこから来ていた。  安易が会議の締めくくりに2名の役員に念を押した。 「我社のコンペも遂に200回達成だ。ますます事業拡大だぞ。『選太郎』をこれからもよろしくな」  そう言い放ち会議室を去る安易の胸にはSDGsバッジが威張る星の如く一際輝いていた。
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